世界最大の「ホテルを持たないホテル業」のキーワードは「コミュニティ」―エアビーアンドビー・ジャパン訪問記

キーワードは「コミュニティ」

「ホテルは持たないけれども世界最大規模を誇るホテル業は?」

なぞなぞのように聞こえるかもしれないが、大真面目なこの質問の答えは「エアビーアンドビー(Airbnb)」だ。

今年1月にサンフランシスコにあるエアビーアンドビーの本社を訪問した際に、「ぜひ、日本のオフィスにも!」と勧められ、エアビーアンドビー・ジャパン代表取締役の田邊泰之さんをご紹介いただいた。

田邊さんは2013年9月にエアビーアンドビーのシンガポール法人に入社。2014年5月には日本法人の設立とともにエアビーアンドビー・ジャパンの代表取締役に就任された。エアビーアンドビー・ジャパンといえば、今日、5万件近くのリスティングが存在するまでに成長し、宿泊客ベースでは全世界の10%を占めるという、エアビーアンドビーのグローバル展開においても有数の成長株となっている。

エアビーアンドビー・ジャパン代表取締役の田邊泰之氏とダイナ・サーチ代表の石塚しのぶ

企業文化を核とした経営で、米国内外で『第二のザッポス』と呼んでも過言ではないくらい注目を浴びるエアビーアンドビー。グローバルな企業が、いったいどうやって共通の文化を複数の国に跨り浸透させているのか、そこが聞きたくて訪問したが、いろいろと伺ってキーワードはずばり、「コミュニティ」だと感じた。

エアビーアンドビーの共同創設者兼CEOであるブライアン・チェスキーは、最近、その肩書きに新たに「グローバル・コミュニティ担当責任者」を追加したという。エアビーアンドビーにとって「コミュニティ育成」はCEO直轄の仕事であるという意思表示だ。

エアビーアンドビーにとっての「コミュニティ」とは、「社員+ホスト(″空き部屋″の提供者)+ゲスト」。この三者が対等の立場で、「みんなで」つくる共創型ビジネスだ。

 

「カルチャー・フィット」に徹底的にこだわる

「やっぱり決め手は『人』です」と田邊さんは言う。

エアビーアンドビーが徹底的にこだわっている「採用」については田邊さん自身の体験を話してくれた。2013年に田邊さんが同社のシンガポール法人に入社した際、2カ月にわたり15人以上と面接を繰り返したという。それまで多くのグローバル企業に働いてきた田邊さんも「こんなに慎重に、手間と時間をかけた採用プロセスは経験したことがない」と心底驚いた。

それも初めのうちは経歴や技能を見るごく普通の採用面接だったのだが、そのうちにまるで友達と話をするようなスタイルの面接になってきた。

後にそれが「コア・バリュー面接」であったと田邊さんは知るのだが、「会社のビジョンを共有し、一緒に働けるような『人間性』を持った人なのか」どうかを見極めるための面接だったのだ。当時の社員数は世界中で600人程度。最後は必ず創設者の一人が面接をすることになっており、田邊さんはCEOのブライアン・チェスキーと面談した。

「会社を拡張するにあたって、決して『スピード』を重視するのではなく、『同じ価値観を共有できる、会社の核となる人材を見つける』ことに創設者たちの熱意と意思が注がれていたのです。だからこそ、今は、そうした『コア・バリュー』を体現する人たちがインフルエンサーとなり、企業文化を育み、維持する力となっていると感じます」と田邊さんは語る。

社員数3,000人超の会社になった今ではさすがに15回というわけにはいかないが、少なくとも2、3回のコア・バリュー面接を通し「カルチャー・フィット(企業文化適性)」を徹底している。本社の特別な研修を受けた人だけが「コア・バリュー面接官」になれるそうだ。それも、例えば日本法人で採用を行う場合でも、日本の面接官だけでなく、シンガポール法人の面接官やその他のオフィスの面接官も参加し、視点が偏らないように努めているという。191カ国で営業展開するグローバル企業らしい配慮だと感服させられた。

 

「みんなで」つくる

企業文化育成・維持の秘訣は採用の他に「環境づくり」と「アクティビティ」もある。例えば、今回私が訪問させていただいた日本法人のオフィスでも、「皆が集う」場所としての「キッチン」がとても重要視されている。米国本社でも、一階ロビーが社内外の人も含め「集う」場所となっていたことがとても印象的だった。共同創設者の二人がデザイナーだということもあり、「環境」が企業文化戦略の主要素に組み込まれているのだ。

エアビーアンドビー・ジャパン本社

また、企業文化として「コミュニティへの恩返し」を謳うエアビーアンドビーでは、社員がボランティアでオフィス周辺の自治体の清掃活動をしたり、ホストと社員、あるいはホスト同士が交流するイベントを頻繁に開催したりもしている。たとえば社員がホストと一緒に生け花を学ぶイベントには、生け花を学ぶことを通しておもてなし力をアップしよう、という意図が背景にある。エアビーアンドビーのコア・バリューのひとつである「ホストであれ(おもてなし)」を織り込んだ内容にもなっているのだ。

このように、エアビーアンドビーの企業文化やコア・バリューを形にするためにどんなアクティビティをしたらいいか、ということを社員が常にみんなで話し合っている。みんなで考え、話し合うこと自体が、企業文化を育み、維持する活動になっている。

 

Belong Anywhere(居場所をつくる)

エアビーアンドビーのビジョンである「Belong Anywhere(居場所をつくる)」を日本ではどう具現化しているか聞いてみた。

何をもってして「居場所」「居心地の良さ」と定義するか、それは人によって異なる。そこがエアビーアンドビーのようなP2Pサービスの醍醐味だと、田邊さんは語る。

マスを対象とすると、人それぞれのテイストが異なる中で、その中間値をとって、ある意味「妥協」しながらマス受けするサービスを提供しなくてはならない。しかし、エアビーアンドビーのようなP2Pサービスでは、ホストが自分の「想い」をひたすら発信し、世界中で50人でもその「想い」が伝わる人を見つけられれば、そこにビジネスが成立する。

ゲストの視点で言えば、見知らぬ土地に行っても、以前に行ったことのある土地に行っても、「ホスト」という「人」を通して全く異なる体験、全く異なる発見ができる。「人」を通して、「旅」が変わる。ここでも、キーワードは「人」だ。

だからエアビーアンドビーでは、「人」の集合体である「コミュニティ」を大切にする。ホスト同士が情報交換できる場を提供するのも「コミュニティ育成」の一環だ。今、日本のホスト・コミュニティで「最強」なのは、「他人を家に泊める」ことに案外抵抗がなく、日本ならではの「おもてなし」を体現している「60代以上」の世代であるという。現在、「60代以上」の世代から、80年代以降に生まれた若い世代へのノウハウの伝授が活発に起こっている。10年後には、これら若い世代が日本の観光を背負って立つ「最強のホスト」になるだろう。このようにして、エアビーアンドビー・ジャパンは、「観光大国」としての日本立国を支援する大きな力になれると考えている。

崇高な目的を掲げ、その目的のもとに賛同者を集めて、社員と利用者(顧客)が共に夢を見てその実現に向けて一緒に歩んでいく。これからの新しい「ビジネスのかたち」をエアビーアンドビーに見いだした気がした。