月刊『アイ・エム・プレス』 : No.4 店舗が変わる「顧客を知る、顧客とつながる 顧客主導型市場における米国優良企業の挑戦」

ACSIの発表に想う

2006年2月21日付けのACSI(The American Customer Satisfaction Index)の最新発表によると、2005年第4四半期におけるリテール業界のACSIスコアは100点中72.4と、前年に比べて0.3%下降した。また、リテール業界の中でも、スーパーマーケット・セクターとデパート/ディスカウント・セクターはともに1.4%増と上昇傾向にあるが、会員制ホールセール・クラブのコストコ、ホーム・センター・チェーンのホーム・デポなどを含むスペシャリティ・リテール・セクターは、ホーム・デポの前年比8.2%減が平均値をぐんと引き下げる形で、1.3%下降している。

最も、ACSIが下降傾向にあるのは、必ずしもサービス・レベルの低下を意味するわけではない。これはなぜかというと、ACSIはあくまで、顧客の満足度を顧客の主観に基づいて測定する指標であり、サービスの質を定量化して客観的に評定するものではないからだ。ACSIは、年間約6万5,000人の生活者を対象とするインタビュー(電話またはインターネット)を通して測定されるが、インタビューにおいては、各回答者が最近購入あるいは利用した特定の商品/サービスについて、購入/利用前の回答者の期待と実際の利用経験から得た印象がマッチしたかどうか、回答者の主観的評価に照らして、この商品/サービスの価格は妥当なものかどうか、などといった質問が投げかけられる。だから、個々の企業や業界を見ると、オンタイム・デリバリー率や在庫確約率など、いわゆる、“カスタマー・サービス”の質は、昨年と比べて向上しているかもしれない。

しかし、昨今においては、テクノロジーの進歩に伴いサービス・デリバリーの確実性が高まり、顧客の期待度が日々向上しているだけに、並大抵のことでは顧客を驚かせ、感動させることができなくなっている。つまり、先月の“しびれるサービス”は、来月になれば“月並みなサービス”としてとらえられるようになってしまう危険性をはらんでいるということで、ACSIの調査結果が下降傾向にあるのは、そのような風潮の表れであるとも考えられる。

バス・アンド・ボディ・ワークスのブランド刷新

米国において、トータル・カスタマー・エクスペリエンス(TCE)の実践を通して成果を挙げている企業の一例として、バス・アンド・ボディ・ワークスの人材教育/開発担当プロジェクト・マネージャーの話を聞く機会があった。

バス・アンド・ボディ・ワークスは、ランジェリー・ブランドとして世界的に有名なビクトリアズ・シークレットを傘下に抱える米国の巨大グループ企業、リミテッド・ブランドが展開するコスメ/ボディケア・スペシャリティ・リテール・チェーン。年商21億7,000万ドルを誇り、現在、アメリカで1,600を越える店舗を展開している。

バス・アンド・ボディ・ワークスは、かつては赤と白のギンガム・チェックのオーニングをあしらったカントリー調のお店として知られていたが、2003年に元ボストン・コンサルティング・グループ、シカゴ支部長のニール・フィスク氏がCEOに就任して以来、高級感と専門性を前面に押し出した“ニュー・ラグジュアリー・ブランド”としてのイメージ刷新に注力してきた。CEOのニール・フィスク氏は、日本でも2004年に出版され話題を呼んだ『なぜ高くても買ってしまうのか』(ダイヤモンド社)の共著者でもある。

2003年にニール・フィスク氏がCEOのポストに抜擢された当時、バス・アンド・ボディ・ワークスは営業不振の只中にあった。前任CEOのベス・プリッチャード氏は、わずか10年間で同社を全米1,600店舗、年商18億ドル規模の企業に育てあげたが、2000年代初頭には、「自社ブランドのみで構成されたバス/ボディ・ケア・スペシャリティ・ストア」という設立当初の目新しさは失われ、「どこのモールにも入っている変わりばえのしないチェーン店」というネガティブなイメージが、消費者の間に定着し始めていたのだ。先に述べたような、赤と白のギンガム・チェックのオーニングや、リンゴ園を思わせる樽を什器として用いたディスプレイが連想させる「カントリー」なイメージも顧客に飽きられ始めていた。

元来、「安かろう、悪かろう」の低価格訴求に専心してきたドラッグ・ストアやディスカウント・ストアが、バス/ボディ・ケア・カテゴリーの潜在性に着目し、クオリティと価格の両立を図る独自の商品ラインの開発に乗り出し始めたことから、競争が激化し、差別化が難しくなってきたことも大きな要因のひとつであった。2001年、2002年と、同社の単一店舗売上はそれぞれ11%、3%と2年連続で下降し、さらなる侵食を食い止めるためには、劇的な方向転換が必要であることは明白だった。

バス・アンド・ボディ・ワークスを建て直すために、ニール・フィスクが着目したのは、同氏が著書『なぜ高くても買ってしまうのか』の中でも提唱している「マステージ」のコンセプトである。「マステージ」とは、文字通り、「マス」と「プレステージ」をドッキングさせた造語で、通常の商品よりは値が張るが、従来型ラグジュアリー商品に比べてかなり値ごろ感のある商品や、そういった商品を買い求める消費者心理を指す。「マステージ」としてのポジショニングは、マス市場に訴える事業展開に比べて利益率が高く、同時に従来型ラグジュアリー商品よりもはるかに広範な顧客層に訴求する潜在性を持っている。ニール・フィスクは、バス・アンド・ボディ・ワークスの鈍化した業績を急転させるには、使い古されて陳腐化した同社のブランドを「マステージ」として新たにポジショニングすることがカギだと考えた。

「マステージ」ブランドへの転換を図るために、まず同社が行ったことは、店舗の視覚的イメージを刷新することである。赤と白のギンガム・チェックをはじめとし、「カントリー」を連想させるモチーフを一掃して、白を基調とした高級感溢れる洗練された外観に作り直した。そして第二に、設立以来貫き通されてきた、「自社ブランド以外は取り扱わない」という、“シングル・ブランド戦略”を撤廃し、買収や提携を通して、自社ブランドに比べてプライス・ポイントがやや高めで、専門色の強い商品群を個々の独立したブランドとして導入するという“マルチ・ブランド戦略”に切り替えた。今日、知名度では全米で5本の指に入る有名皮膚科医、パトリシア・ウェクスラーとの提携によるスキンケア商品ラインの開発や、フランス生まれの自然派化粧品ブランド、ロクシタンとの共同開発によるバス・グッズの展開、ニューヨーク・シティにあるドラッグ・ストアの老舗、C.O.ビゲローの商標買収による店舗展開など、例を挙げればきりがない。

ブランドを担う「生きた媒体」としての従業員の育成

ブランド刷新を図るに当たって、バス・アンド・ボディ・ワークスが着目したもうひとつの要因は、顧客との接点に立ち、ブランドを的確に表現する人材の育成だ。店舗の外観や商品構成をどれだけ変えたところで、顧客とのインタラクティブなかかわり合いの要となる従業員が、ブランド理念や方針を伝達する、生きた「媒体」となることができなければ、企業が意図するところの顧客エクスペリエンスの創造はありえない。

顧客との長期的なリレーションシップを育成するセールス・モデルを構築する上で、同社はまずコールセンターを通じて入ってくるカスタマー・フィードバックに耳を傾けた。その結果、顧客の多くは、同社のアグレッシブな接客スタイルに辟易していることがわかった。顧客が店舗に足を踏み入れたら最後、何かを購入するまで顧客の後を付きまとって離れないといったような攻撃的な接客を、「シャーク・アタック(鮫の攻撃)」などと揶揄する顧客もいた。これは、「より高級感溢れる専門性の高い店舗づくり」を模索していたバス・アンド・ボディ・ワークスにとっては耳の痛い教訓となった。

最高の顧客エクスペリエンスの提供と購買促進という、一見相反するような2つの目標を両立し、なおかつ競合と一線を画する接客とは?その答えを探して、バス・アンド・ボディ・ワークスの探求が始まった。同社の人材教育/開発担当プロジェクト・マネージャー、シャーリー・フランスは、第一のステップとして、米国において優れたカスタマー・サービスのモデルとして業界を越えて賞賛されている企業を数社選び、その理念を学ぶことから始めた。シャーリー・フランスは、この経験
について次のように述べている。

「スターバックス、ノードストローム、ディズニー、サウスウエスト航空、ヒルトンなど、カスタマー・サービスにおけるリーダー的存在として認知されている企業を訪問し、管理者と現場の従業員の双方にインタビューを行いました。目的は、『卓越した顧客エクスペリエンスの創造において、優良企業がもつ共通項』を特定することでした。例えば、スターバックスでは、個々の従業員が、『コーヒーを淹れる』という行為を、単なる“物を売る過程における作業”として考えるのではなく、むしろ、顧客の1日においてかけがえのない喜びを提供することとして認識しています。こういった洞察を通して、“Make Your Customer’s Day(お客様の1日を「素晴らしい1日」に)”という、バス・アンド・ボディ・ワークスのサービス・テーマが生まれました」

このサービス・テーマを実践する従業員を育成するために、バス・アンド・ボディ・ワークスでは従業員にとって行動の規範となるワークブックを作成した。ワークブックの中には、お客様に素晴らしい1日を提供するための3つの要素として、A(Attitude:態度)、S(Skill:スキル)、K(Knowledge:知識)が定義されている。Aの態度は、お客様を快い気分にさせるための接客態度、Sのスキルは返品処理などの業務遂行能力、Kの知識は商品知識を指す。

同社の新人従業員は、この3つの要素の中から、重点的にフォーカスを置いて磨いていきたいと思う分野をひとつ選択し、それを店舗のリーダーシップ・チームに報告する。各店舗のリーダーは、各従業員が選んだ分野について、その従業員の行動が会社の規範と一致しているかどうかを観察し、フィードバックを与えていく。ある特定の分野について、各従業員が会社の規範をマスターしたとリーダーが太鼓判を押すと、その従業員は晴れて次の要素を選び、タックルできるという仕組みである。このようにして、各従業員が3つの要素をすべてクリアし、バス・アンド・ボディ・ワークスのサービス・テーマを自ら実践する従業員になるまでに平均30日間かかるという。

また、同社では、従業員トレーニングの一貫として、カスタマー・シナリオの想定を行っている。これは、バス・アンド・ボディ・ワークスの店舗において、頻繁に起こりうると考えられる接客シナリオを想定し、そのインタラクションを通して、顧客に安心感と能力、そして感謝の気持ちをアピールするためにはどのような行動、言動が取られるべきかを各従業員に考えさせ、話し合わせるというものだ。言ってみれば、同社のカスタマー・サービスには一定の型にはまったルールは存在しない。従業員は、カスタマー・サービスに対する全社的なモットーを理解した上で、それを具現化するための行動、言動を取ることを要求される。スケールは違えど、これは、顧客の要望を実現するために個々の従業員に一定の手当てを与えるリッツ・カールトンや、無条件で返品を受け付けるノードストロームのサービス哲学に類似している。

「匿名の顧客」と向き合う、リテール環境の難しさ

リテール環境における接客が抱える難題の根源は、リテール顧客は基本的に匿名顧客だということにある。もっとも、昨今ではロイヤルティ・カードなるものが発行されて、特に米国のスーパーマーケットでは個々の顧客の購買パターンを追跡する試みが盛んに行われている。リテール店舗が独自のクレジット・カードを発行したり、清算時に顧客の電話番号を訊ねて記録したりといった試みも、同様の目的から発足したものだ。

随分前の話になるが、ドイツのホールセール・クラブ、メトロがRFIDチップを埋め込んだロイヤルティ・カードを発行した際、プライバシー保護団体の猛烈な反対運動にあい、結局このロイヤルティ・カードは取り下げになった。これが実現すれば、店舗は、顧客が店内をブラウズしている最中にも、各顧客のデータを集積し、抽出することができ、ターゲット的中型のプロモーションを買い物客に対して発信することができたはずだ。これは売り手側にしてみれば願ってもない夢のようなシナリオである。

北米では、家電カテゴリー・キラーのベスト・バイが、文字通り、“カスタマー・セントリシティ(顧客中心)”と銘打ったイニシアチブを展開中である。ベスト・バイでは、同社にとって最も利益性あるいは潜在性の高い5つの顧客セグメントを定義し、各セグメントにアピールする店舗づくりを進めている。店舗の商品構成や内装をアレンジするばかりではなく、各顧客セグメントについて架空の人物像を想定し、各人物像に対して最適と思われる接客態度について従業員に指導を行っているという。例えば、郊外に住む子持ちの主婦層には“ジル”という架空の人物像をあてがい、“ジル”に対してはできるだけテクニカルな用語を避けた言葉づかいで接客するという具合だ。

こういったプロファイリング戦略がベスト・バイにとって競争優位確立のポイントとなるか否かは、もうしばらく長期的な成果を観察しなくては断定できない。大型リテール・チェーンという、元来、“マス”をターゲットとしたビジネス・フォーマットが、特定の顧客層にターゲットを置くことにより、ターゲット・プロファイルにあてはまらない顧客を疎外し、競合店舗へと追いやってしまう結果にならないとも限らない。

いずれにせよ、顧客を快い気分にさせることを目的とした、古き良きカスタマー・サービスの精神は、いつの世になっても廃れることはないだろう。最高のカスタマー・エクスペリエンスの創造や、カスタマー・サービス文化の浸透などといった、フォーミュラ化の難しい領域と、顧客データ管理や分析などといった領域の両立、そして融合を目指すことが、これからのリテール業が目指すべき方向性であると言える。


*本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(119, 2006-4)に掲載されました。
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