月刊『アイ・エム・プレス』 : No.3 セールスが変わる-米国耐久財流通に見る「顧客主導型経営」の試み-「顧客を知る、顧客とつながる 顧客主導型市場における米国優良企業の挑戦」

はじめに

本連載の第1回と第2回を通して、今日、米国の優良企業の多くが顧客主導型に移行している背景と、「顧客主導型」というテーマについて、米国の企業リーダーが抱いている共通見解について簡単に紹介してきた。今回は、弊社のパートナー・コンサルタント、スコット・ベンフィールド氏を迎え、セールスというトピックに特化して、米国の耐久財流通における「顧客主導型経営」の試みについて、同氏の見解を聞く。ベンフィールド氏は、米国耐久財流通におけるセールス・マネジメント、マーケティング・マネジメント、商品管理、価格管理などといった分野において20年にわたる経歴をもつ。同氏は、1998年にベンフィールド・コンサルティング社を設立以来、同社の代表として、米国耐久財業界の製造/流通企業を顧客に、価格戦略策定、セールス組織構築、流通チャネル・デザインなど、多岐にわたるプロジェクトに従事してきた。同氏は、米国耐久財流通業界における「顧客主導型」への移行は、成熟期に達した業界において、マージンの浸食が進行し、商品による差別化や需要の開拓が限界に達した結果、触発された動きであり、生き残りを賭けて企業が採択し得る唯一の道である、という持論をもっている。耐久財流通、というと、本誌の読者の皆さんには多少馴じみの薄い業界かもしれないが、今後、成熟期に達するいずれの業界にも起こりうるシナリオとして、米国耐久財流通のケースから学べることは多い。

以下に、ベンフィールド氏の見解をご紹介する。

米国耐久財業界の変遷

第二次世界大戦後の経済成長を見ると、どの先進国にも共通するひとつの流れがある。それは、「モノ」経済から、「サービス」経済へという流れである。例えば、1970年の米国においては、製造業がGDPの43%を占めていたが、2004年にはこの割合は33%に縮小し、代わりにサービス業が占める割合が58%と、両者の立場はいわば逆転している。

私は、「耐久財」業界における流通構造の研究を専門としているが、ここでいう「耐久財」の定義は、3年以上の耐久年数をもつ物を指す。今日、米国において耐久財に対する年間支出規模は1兆ドル(100兆円、1ドル=100円)。これは、米国GDPの約9%に当たる。米国における耐久財業界発足の端緒、1860年代の産業革命の始まりにまで遡り、自動車業界、繊維業界、製鉄業界など、耐久財業界におけるサブ・セグメントであるあらゆる垂直型市場は、すべて1860年から1930年の間に急速な成長を遂げた。今日、米国の耐久財流通業界は、すでに成長のピークを越え、成熟期に突入している。日本をはじめとして、太平洋諸国、西ヨーロッパ諸国など、成熟した産業構造をもつ先進国にとって、米国の耐久財流通業界の変遷は、今後起こりうる変化を示唆するものである。

「商品中心」から「顧客中心」へ

最近、製造、流通業を問わず、企業が、「商品中心」の経営から、「顧客中心」の経営へと移行することの必要性を説いたビジネス書が多く市場に出回り、注目を浴びている。ここでいう、「商品中心」の経営とは、商品そのものの改善や革新を通して、市場における需要を開拓し、優位性を築いていくという考え方を指すが、電気のスイッチや、配管、鉄線など、数十年にもおよぶ寿命をもつ「耐久財」製造や流通の世界においては、特定の企業が、商品技術の改善や革新を通して市場をリードしていくことの可能性は極めて限られたものである。こういった限界を背景として、耐久財製造・流通業界における企業の多くは、低価格提供による優位性の確立を追求し、製造工程におけるコスト削減に切磋琢磨してきた。そして、今日、同業界における優良企業の関心は、製造工程におけるコスト削減のみならず、セールス、マーケティングといった「フロント・エンド・プロセス」におけるコスト削減に注がれている。つまり、いかに業界の成熟化に伴う利ざやの浸食を食い止めるべく、製造、流通のあらゆる側面においてどのようにコストの切り詰めを行っていくか、しかも、顧客接点の質を維持しながらこれを遂行していくか、が大きな課題となっているといえる。

以上に述べたようなことを背景として、米国の耐久財流通業界においては、顧客接点におけるコスト管理を目的としたさまざまな戦略が模索されている。本号においては、これらの戦略の中核となる3つの考え方、「サービス・コストの管理」、「顧客セグメントごとの利益性に基づいたサービス・モジュールの提供」、「顧客セグメントの特性に応じたセールス・モデルの選択」について、その概要をお話ししたい。

サービス・コストの管理

かつて、耐久財業界のコスト管理におけるフォーカスは、材料費、人件費など、商品の製造工程にかかる諸々のコストのみに置かれていた。しかし、今日、同業界における製造、流通企業の関心は、主にチャネル・コスト、つまり、サービス・コスト、セールス・コスト、そしてそのほかの間接コストをいかに管理するかに注がれるようになっている。米国の耐久財業界においては、商品の最終価格の最大40%が、この「チャネル・コスト」により占められているといわれており、チャネル・コストの削減が、製造、流通企業にとって利益拡大の隠れた好機を意味することは言うまでもない。

チャネル・コストを細分化し、各顧客、あるいは顧客セグメントに割り当てる方法として、新たな注目を浴びてきたのが、ABC(Activity-Based Costing:活動基準原価計算)である。ABCとは、チャネル管理に際して生じる諸々の活動ごとにコストを配分することにより、商品、サービスの原価を割り出す計算手法であり、1950年代から60年代にかけて、顧客アカウントごとの利益性を判断するための方法として、主に米国の製造セクターにおいて活用された。チャネル・コストの把握においてABCを活用する際には、セールス経費、倉庫労務費、配送費、ITサポート経費など、販売量によって増減する変動費をライン数や送り状の数により割り算することで、各顧客、あるいは顧客セグメントのコストを算出する。このような計算により、取り引きを通じて利益を回収するどころか、損失を生み出している顧客が誰かを判断することができるのである。このような顧客を「赤字顧客」と呼ぶ。顧客管理における一般の常識論では、取引継続年数が長ければ長いほど、その顧客から回収される利益率は増大する傾向にあると信じられているが、われわれの経験から言うと、「赤字顧客」との取り引きの85%は、取引継続年数が5年を過ぎても黒字に転じない。さらに驚くべきことに、米国耐久財流通においては、製造、流通を問わず、売り手企業が抱える顧客の30%から40%が、売り手に損失しかもたらさない「赤字顧客」であるということが、長年の調査からわかっている。

「赤字顧客」への対処法として、価格の引き上げを行うことにより、その顧客の離反を促す、という方策をとっている企業もあるが、これはあまり奨励できない。その顧客が大口の顧客であった場合、取り引きの喪失が全社的な利益高にもたらすダメージが、取り引きに伴って発生していた損失を上回ってしまうこともあるからだ。つまり、企業がこの顧客を切り捨てると、かえって損をしてしまうのである。

次のセクションにおいては、「赤字顧客」を黒字顧客に転換するために企業が取るべき方策のひとつとして、「顧客セグメントの利益性とニーズに基づくサービス・モジュールの提供」について述べる。

顧客セグメントごとにサービスをデザインする

多くの企業が、「すべての顧客を公平に扱う」というアプローチを取っている。しかし、先に述べたように、顧客の中には、利益をもたらすどころか、損失しかもたらさない顧客、つまり、「赤字顧客」も存在する。この事実を踏まえて、企業は、各顧客セグメントの利益性に着目し、それに見合ったサービスを提供すべきだ。

米国の耐久財流通業界では、多くの場合、企業の営業活動にアウトサイド・セールス(訪問販売)を起用するという形式が取られている。そして、これらのアウトサイド・セールスの給与形態は、月極めのサラリーではなく、フル・コミッション制であり、担当顧客から回収されるグロスマージン(売り上げ-原価)をベースとして支払われているケースが多い。

グロスマージンをベースにコミッションが支払われている場合、アウトサイド・セールスは、「できるだけ多くの量を売る」ことばかりに関心を注ぎ、「各顧客(またはセグメント)からどれだけの利益率が得られているのか」ということは気にも留めない。企業によっては、各顧客にどのようなサービスを提供するのか、という判断をアウトサイド・セールスに一任しているところもあるが、グロスマージンをベースとしたコミッション・モデルを起用している場合は、これはあまりに危険である。と、いうのも、これらのセールス人員は、顧客に求められるがままにあらゆる付随サービスを無償で与えてしまう傾向にあるからだ。会社としては、サービスの提供にはそれなりのコストがかかるが、これらのコストはセールス人員の成績(そしてコミッション)には影響しないので、セールス人員としては、「知ったことではない」のだ。特別なサービスを無償で提供することにより、顧客の満足を得、より多額の取り引きを獲得することができれば、セールス人員としては願ったり叶ったりである。しかし、こういった無差別なサービス提供は、サービス・コストの増大を生み、企業の収益モデルの破綻を引き起こす恐れもある。また、セールス人員が、会社のリソースを考慮せずに顧客にサービスの提供を約束してしまうと、オペレーションがパンク状態になり、結果として、顧客の不満、ひいては離反を引き起こさないとも限らない。

このような状況を回避するためには、利益率、取引成長率、そして取引規模をベースに顧客をセグメント化し、各セグメントに対応するサービス・モジュールを構築することが必要だ。そして、どの顧客に、どのサービス・モジュールを適用するかは、各セールス人員の采配に任せるのではなく、全社的なモデルに基づき、セールス・マネージャーが管理すべきだ。

また、「赤字顧客」を黒字に転換させるに当たって、もうひとつ目を向けるべきなのは、「既存の顧客対応のどの部分において、顧客エクスペリエンスの質を低下させることなく、チャネル・コスト削減を図ることができるか」ということだが、多くの業界において、チャネル・コスト削減の好機はセールス・プロセスにある。どの流通市場においても、一般的に、チャネル・コスト全体にセールス・プロセス・コストが占める割合は極めて大きい。ちなみに、米国耐久財流通企業のコスト構造を見ると、営業経費全体の30%から40%をセールス・プロセス・コストが占めていることがわかる。

それでは、顧客が受けているサービス・エクスペリエンスの質を落とさずに、セールス・プロセス・コストの削減を図るには、どういった方策をとるべきだろうか。これはひとことで言えば、「各顧客やセグメントの特性に応じてセールス・モデルを選択する」ということである。次のセクションでは、この、「ハイブリッド・マーケティング」と呼ばれるコンセプトについて簡単に解説する。

顧客/セグメントの特性に応じてセールス・モデルを選択する

ハイブリッド・マーケティングを実践するに当たって、第一のステップは、まず、各顧客セグメントの特性を分析することから始まる。この「特性」とは、各セグメントを構成する顧客の企業規模、口座数、利益率、トランザクション件数、デリバリー件数、テクニカル・サポートに対するニーズなど、各セグメントのサービス・コスト構造を推測する上で指標となる特性を表している。

例えば、多数の小規模な顧客によって構成されているセグメントがあったとする。このセグメントは、頻繁なトランザクションとデリバリーを必要とし、テクニカル・サポートに対するニーズも高く、おまけに利益率が低い、「赤字顧客」を絵に描いたような顧客である。

ハイブリッド・マーケティングのコンセプトに則って考えると、このような特性をもった顧客セグメントに対してセールス活動を行うに当たっては、インターネットやカタログ、テレセールスなどといった比較的低コストなセールス・メソッドを組み合わせたモデルを起用するべきである。そうすることによって、同顧客セグメントに対する営業活動から生じている損失を少しでも減らすことができる。ハイブリッド・マーケティングの基本となるのは、「売り上げに占めるセールス・コストの割合は、起用するセールス・メソッドによって大きく異なる」という考え方である。売り上げに占めるコストの割合が最も高いのは営業担当者、つまり人を起用した場合であり、反対に、インターネットによるセールスを起用した場合には、売り上げにコストが占める割合を最も低く抑えることができる。例えば、営業担当者を主要なセールス・メソッドとして起用した場合には、売り上げの8%から10%のセールス・コストがかかるが、カタログとカスタマー・サービス・レップを主要セールス・メソッドとして起用し、顧客の質問に必要に応じて電話で対応する“インサイド・スペシャリスト”を置いた場合、セールス・コストを前述のケースの約半分に圧縮できることがわかっている。

ハイブリッド・マーケティングのコンセプトを実践に移すためには、顧客セグメントを定義し、各セグメントの特性やコスト構造、利益構造を分析した上で、それに適したセールス戦略を策定することが必要だ。しかし、セールス管理者の多くが、このような分析に要求されるスキルやノウハウを身に付けていない、あるいは現場のセールス担当者との間に築かれた絆がしがらみとなって、必要に応じてカタログやインターネットなどという低コストのセールス・メソッドに切り替えるという決断に踏み切れないでいるというのが実状である。経営」の試み-

結 論

ベンフィールド氏が提示する米国耐久財流通業界のケースを通して、「顧客主導型」のコンセプトは、B toC、B to Bを問わず、そして、取扱商品の種類に関係なく、多種多様な業界において浸透していることがわかる。また、企業が、「顧客主導」であるとはどういうことか、について考える上で、米国耐久財流通業界の例は、単なる理想論ではない現実的な見解を提示している。企業が、「顧客主導」であるというのは、顧客の要望を無差別に聞き入れ、顧客のわがままに振り回されることを意味するのではない。むしろ、企業が「顧客主導型」のビジネスとして成立し、繁栄していくためには、各顧客や顧客セグメントの利益性を緻密に分析した上で、顧客のバリューに的確に対応するモデルを構築し、実践に移していく力が必要であるといえる。


*本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(118, 2006-3)に掲載されました。
*こちらからPDFでもご覧になれます。*こちらからPDFでもご覧になれます。→PDFをダウンロード(82KB)