愛情はお金で買えるか?:ポイント・プログラムの落とし穴

近年、アメリカの大手老舗百貨店は史上最大の窮地に立たされている。名指しでいえば、シアーズ、JCペニーなどといったところだ。「百貨店」とはいってもこれらは日本の人がイメージする百貨店とはちょっと雰囲気が異なるかもしれない。もっと庶民的な、いうなればイーオンやイトーヨーカドーのようなところをイメージしていただきたい。

シアーズ

つい先日、シアーズは4,000店舗中1,200店舗を売却する意向を発表したばかりだが、昨日、そのシアーズが自らを倒産から救うために講じている「新たな戦略」について興味深い記事を読んだ。

ずばり言うと、顧客データのマイニングとモバイル・テクノロジーを駆使したポイント・プログラムに会社の命運をかけているということだ。シアーズの現CEO、ルー・ダンブロシオ氏は小売業界の出身ではなく、テクノロジー業界から引っ張られてきた人だが、同氏の言葉を借りると、「シアーズを小売の墓場から救う道はこれだけ」という勢いで、テクノロジー分野での投資を強化しているということらしい。

最近、地域限定で開始されたプログラムでは、ポイント・プログラムのメンバーがスマートフォン・アプリで店舗に「チェックイン」すると、店員がその顧客の来店を感知し、購買履歴やウェブ(シアーズ・ドット・コム)の閲覧履歴にアクセスした上で、顧客の興味に合わせたセール情報を教えてくれたり、店内を案内してくれたりするという。

店に足を踏み入れたとたん、見知らぬ店員が近寄ってきて、「いらっしゃいませ、石塚様。先日、オンラインでチェックされていた靴が安くなっておりますよ」などというシーンが展開されるわけだ。ちょっとうすら寒いような気がしないでもない。

(それはそうと、同じようなサービスを米高級デパート、ニーマン・マーカスでもやり始めたと最近報道されていた。パーソナルなサービスや特典と引き換えに、プライバシーを放棄するか否か、そんな選択を迫られる時代が来ようとしているのか。)

ちょっとわき道にそれたが、この話の中で私が興味を引かれたのは、ポイント・プログラムの内容より何より、そもそも「ポイント・プログラムで会社を救済できるか」ということだ。

答えは否。もっと言えば、「いかに最新のテクノロジーを駆使したポイント・プログラムをもってしても、根本的に壊れてしまったビジネス(ブランド)を救済することはできない」ということだ。

今どき、ポイント・プログラムなんてどこの会社でも展開しているし、似たようなポイント・プログラムはどの会社にでもできる。また、買い手の側にも、長引く不況の中で、「安く買えるんだったらとりあえず登録しておく」メンタリティが蔓延している。だから、ポイント・プログラムへの登録者数を稼ぐのはあまり問題ではないのだ。グルーポンやその猿真似的ビジネスが大流行する(した)のはそういった理由からである。でもそれも結局は長続きしなかった。数にだまされてはいけない。

「小売の基本に帰るべきだ」とあるアナリストは言う。私もそう思う。悲しいかな、「シアーズ」と聞いて、私の知るアメリカ人の多くはどういうイメージを抱くか。古く、さびれた、ぼろぼろの店舗。暗い店内に、やる気のない店員。どう考えても、「週末に楽しくお買い物」したい場所ではない。

アメリカでは、ポイント・プログラムは一般的に「ロイヤルティ・プログラム」と称されるが、「ロイヤルティ」とは本来「忠誠心、愛情、きずな」という意味である。皮肉なことに、十中八九間違いなく、ポイント・プログラムを理由にリピート購入する顧客に「ロイヤルティ」は期待できない。そういう顧客は、特典を取り上げたら最後、よそに行ってしまう。顧客から、真の「ロイヤルティ」を得ている企業は、「ロイヤルティ・プログラム」など必要ないのである。それは、アップルのような会社をみれば歴然だ。

愛情はお金では買えない。顧客に愛されるお店をつくるにはどうすべきか。シアーズは、今いちど問い直すべき時に来ているのではないだろうか。