注目を浴びる「カスタマー・マネジメント」
2005年10月に、フロリダ州オーランド市において、「北米カスタマー・マネジメント・カンファレンス」が開催され、業種・業態を問わず、カスタマー・サービス専門家、マーケティング専門家、あるいはヒューマン・リソースの専門家など、顧客マネジメントのさまざまな側面に携わる参加者1,000人以上が一堂に会した。
アメリカでは、1990年代後半から2000年にかけてのインターネット・ブームの時代に、“E”と名のつくカンファレンスはいずれも1,000人を超す集客力があったが、インターネット・バブルがはじけ、市場が沈静化して以来、業界団体の主催によるカンファレンスではなく、一般のカンファレンス・オーガナイザーによるイベントで1,000人以上が参加するのはかなり稀である。それも、2日間のプログラムで参加登録費20万円以上と、決して安いカンファレンスではないので、それでも1,000人の集客があるというのは、「カスタマー・マネジメント」というトピックに関する米国優良企業の強い関心のほどがうかがわれる。皆さんもご存じのように、昨今では、COO(チーフ・オペレーティング・オフィサー)やCFO(チーフ・ファイナンシャル・オフィサー)と並び、企業のトップ・エグゼクティブ・レベルで顧客エクスペリエンスの管理に携わる新しい役職が多くの企業において創造されている。
アメリカの先進企業においては、CCO(チーフ・カスタマー・オフィサー)、CXO(チーフ・エクスペリエンス・オフィサー)、CCEO(チーフ・カスタマー・エクスペリエンス・オフィサー)などの肩書きを耳にすることも珍しくなくなってきた。ここからも、カスタマー・エクスペリエンスという要素を、商品やサービスに代わる優位性確立の要因として、いかに多くの企業が重要視しているかがわかる。
顧客主導型の経済の到来に伴い、市場競争において、もはや商品やサービスが差別化の要素として通用しなくなってきている。「品質の優れた商品」や「行き届いたサービス」、あるいは「リーズナブルな価格」を提供することは前提条件に過ぎず、優位性の確立に貢献するものとはなり得ない。だからこそ、今日、企業文化に根ざし、他社の容易な模倣を許さない「カスタマー・エクスペリエンス」という要素が、企業差別化における最優先課題として熱い注目を浴びているのだと言える。
ところで、この“カスタマー・マネジメント”という言葉だが、現状では、これについても賛否が分かれる。“カスタマー・マネジメント”を単純に日本語訳すると、“顧客管理”ということになるが、今日の顧客主導型経済の市場において提唱されている“カスタマー・マネジメント”は、顧客の住所や購買データを管理するといったところの、従来のデータベース・マネジメントの概念とは大きく異なる。
実際、顧客中心主義の観点から見ると、“カスタマー・マネジメント”とは顧客の視点に立った言葉では全くない。「顧客」を「管理」するというのはけしからん考え方だ、というのは、先述のカンファレンスでキーノート・スピーカーを務めたトニー・ロビンス氏によるコメントだが、それを聞いてなるほどと思った。顧客は誰も、「管理」されたいなどと思ってはいない。
目下のところ、“カスタマー・マネジメント”という言葉を理解するには、顧客の、いったい「何を」管理するのか、ということを探求すべきと思われる。
今回のカンファレンスの進行表を見ても、顧客主導型組織におけるリーダーシップの在り方、いわゆる“カスタマー・サービス”の在り方、顧客の支持を獲得するカスタマー・エクスペリエンス構築、企業革新におけるチェンジ・マネジメント、顧客の声を出発点とした新規商品/サービスの創造、データベース・マーケティングの在り方、コンタクトセンター管理の在り方など、トピックは多岐に及ぶが、これらのさまざまなイニシアチブを総称して、“カスタマー・マネジメント”と呼んでいるのではないか、という、私なりの結論に達した。
つまり、顧客の期待をマネジメント(管理)する、あるいは、顧客の期待により的確に応える、もっと正確に言えば、「顧客の期待に沿ったエクスペリエンスが提供できるよう管理する」ためのあらゆる試みを総称して、“カスタマー・マネジメント”と呼んでいるのだと思う。
コンタクトセンターの役割の変化
今回のカンファレンスに参加して最も印象深かったことのひとつは、商品主導型から顧客主導型、という大きな潮流の中で、コンタクトセンターの役割が大きく変わりつつある、ということだ。
日本でも2005年4月から個人情報保護法が全面施行されて、消費者のプライバシー保護に関して社会全般の認識が高まりつつある。多少、形は異なるが、アメリカでは2003年10月1日からNational Do Not Call Registryなるものが導入され、それまで電話を主要なセールス媒体として使用してきた企業に新たな難題を投げ掛けている。
National Do Not Call Registryとは、米国のFCC(米連邦通信委員会)とFTC(米連邦取引委員会)によって定められた制度で、消費者がWebでの電話番号登録を通して、取引関係のない会社からのセールス目的の電話を拒否できるというものである。登録された電話番号にセールス・コールをかけた企業は違反者と見なされ、罰金が科せられる。施行開始から2年が経過した今日において、登録番号数は1億件を超える。
つい最近では、米国におけるサテライトT V プロバイダー大手、DirecTV社が、National Do NotRegistry違反のケースとしては史上最高の530万ドル(5.3億円、$1=¥100)の罰金を科せられたニュースがビジネス紙の紙面をにぎわせた。
National Do Not Call Registryの制定を一例として、「顧客の都合を考えないセールス・コールはご法度」という風潮が一般化する中で、B toC、B to Bを問わず、企業のセールス活動の在り方が根底から考え直されてきている。今日、多くの企業が課題としているのは、「顧客側に話したい意思、購入したい意思があるタイミングをいかにセールスの好機に変え、取り引きの獲得につなげるか」ということである。
これを背景として、今まで、「受注センター」、「お問い合わせセンター」、あるいは「苦情センター」として受身の役割のみを果たしてきたコールセンターが、ニーズの開拓やプロスペクティングなどといった、元来セールス組織の領分だと考えられてきた役割を兼任する動きが起こっている。これは、「言うは易し」であるが、実践は極めて難しい。顧客のデータ統合や集中管理などといったIT上の問題もさることながら、従来のコールセンターにおいて培われてきたカルチャーの問題や、オペレータの適性の問題もある。
とあるコールセンター・トレーニングの専門家に言わせると、オペレータとして雇用される人材の多くは、“エモーター”と呼ばれる性質を持ち、これは、他者との協調性や共感を重んじる人格タイプを指すという。エモーターは、俗に言う“聞き手”役であり、アグレッシブなコミュニケーション・スタイルを嫌う。従って、エモーターの多くは、顧客の要望や希望を受身的に処理するコールセンターの役割には適しているが、セールスに対しては、「人に物を売りつけるなんて真っ平ご免」という否定的な考えをもっている。コールセンターが、「顧客が話したいと思っているタイミング」をおさえ、売り上げにつなげるという重要な機能(タッチポイント)を担っていく上で、今日、コールセンター・スタッフにもセールス・プロセスのノウハウを学び、アップ・セルやクロス・セルなどの働きかけを実践することが要求されている。
アメリカでは、コールセンター・スタッフの多くが抱きがちな「セールスは悪」という既成概念を取り除き、セールスという行為に対するハードルを乗り越えさせることを目的とした特別なトレーニング・プログラムも開発され、話題を呼んでいるという。
顧客エクスペリエンスと従業員エクスペリエンスの同一化
それにしても、今回、北米カスタマー・マネジメント・カンファレンスに参加して確信を新たにしたのは、「顧客主導型企業」への変革を進めるに当たって、多くの米国優良企業が、ITの導入や顧客のデータ分析などといった部分的なアプローチばかりではなく、企業理念や文化といった根本にまで遡って企業のビジョンを再定義し、それを組織の再編成や新規商品、サービス開発など実地のオペレーションに反映させているということだ。これは、土台がしっかりしていなくては、いかに素晴らしい装飾を上にのせても結局はなし崩しになってしまう、という考え方に基づいている。まずはビジョンありき、ということで、全社的なビジョンを基盤とし、それに倣うかたちで企業のアイデンティティが再構築されていく。
企業のアイデンティティは、企業内においては企業文化というかたちで従業員の間に浸透していき、対外的には「ブランド・イメージ」というかたちで顧客そのほかの「ステークホルダー」に認知されていく。さらに言うと、昨今、顧客主導型の先端を行くとされている企業の中には、顧客エクスペリエンスと従業員エクスペリエンスを同一化させることをゴールのひとつに掲げるところも多くなってきた。会社のビジョンをもとにすべてがかたちづくられるという考え方のもとでは、顧客エクスペリエンスと従業員エクスペリエンスは根幹を同じくするものであるからだ。つまり、「従業員がハッピーでなくては、企業としてお客様をハッピーにさせることはできない」というわけで、最近は、顧客エクスペリエンス・スコアと従業員エクスペリエンス・スコアの両方を測定、数値化し、コーポレート・エクイティの指標のひとつとして用いている企業もあるという。
*本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(117, 2006-2)に掲載されました。
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