スマートフォン、iPadが開く売り方・買い方の新境地

イーベイが実践するMO(モバイル)
いつでもどこでも携帯でき、多機能、かつ極めて私的なデバイス(スマートフォン)の急速な普及のおかげで、次世代の売り方/買い方の新境地が拓かれてきている。

注目の焦点はアプリだ。お気に入りのサイトや店舗を自分の携帯の中に取り込むアプリは、どらえもんの「どこでもドア」が現実世界に具現化したようなもの。ワンタッチでサイトや店舗の中に身を投じることができるばかりではなく、使えば使うほど、それが自分仕様にカスタマイズされていく。

イーベイのiPhoneアプリイーベイもiPhone、iPad、アンドロイド、ブラックベリーなど、多様なスマートフォンに対応するショッピング・アプリを展開している。「ホーム」画面をオープンすると、「今、ウォッチしているもの」「今、最高値で入札しているもの」、「落札したもの」、「売ったもの」、「まだ売れていないもの」等など、自分の取引履歴が一覧できるようになっている。まさしく、自分専用のイーベイ・ストアが掌の中にあるような感じだ。

私自身もアマゾンのiPadアプリ「ウィンドウショップ」を利用したことがあるが、蓄積された情報をベースに、アマゾンの広大な市場(いちば)の中を欲しいモノから欲しいモノへとすいすいと飛ぶような感覚には驚いた。あまりにもスムーズにモノが買えてしまうので怖くさえある。

ウェブという広大なスペースの中から、自分のニーズに見合った情報を探し当てる・・・。ネットの普及が始まった90年代半ばから2000年にかけては、開拓者たちが未踏の地をさまようように、ウェブをブラウズすることに醍醐味があった。しかし、ネットというインフラが「あたり前」となった今では、「何かを探してウェブ上をさまよう」という行為には、生活者はとりたて興味を感じなくなっている。むしろ、目的がきちんと定まっている買い物であれば、ウェブを「ブラウズ」して時間を無駄にするよりは、信頼できる供給者のもとに直行してさっさと用を済ませたいと多くの人は思っているのだ。そこで登場したのが、ウィジェット(ガジェット)やアプリというツールである。

ネット・ショッピングが一般化して顧客のロイヤルティが低下し、言うなれば「浮気性」の顧客が増えてきたといわれている。先に述べたように、自分の買いたい商品がどこにあるかをネットで容易に見つけることができる、また、ネット上で価格比較ができる、などといった要素があいまって、スイッチング・コスト(乗り換えコスト)が低下した、という現実は否めない。しかし、顧客の誰もが、いかなる商品やサービスに関しても、最低価格やバーゲンを常に追い求めているかというとそうではない。

iPhoneやiPad、またはアンドロイド対応のアプリ・ユーザーは何を求めているのか。ひとつには便宜性。イーベイの話題からは遠ざかるが、アメリカ最大のドラッグストア・チェーンであるウォルグリーンが提供しているもので、処方薬を再発注するためのアプリがある。処方薬の容器に貼ってあるバーコードをスキャンして最寄の店舗にオーダーを入れ、ピックアップできるという手軽さだ。従来型のプロセスでは、薬局に行き⇒薬剤師に処方箋を提示し⇒調合が終わるまで待つという手間があったが、その「手間」を除いてくれるこのアプリは、2010年の11月に市場導入されて以来大いに人気を博しているそうだ。

ラルフローレンのiPhoneアプリケーションまた、昨今では、便宜性より何より、iPadを筆頭とするタブレットPCのヴィヴィッドなビジュアルや音にこだわったアプリが登場し生活者を魅了している。ラルフ・ローレンのスポーツ・ウェア・ブランド「ラルフローレンRLX」のiPadアプリは、ファッション・ブランドの中でも群を抜いたクリエイティビティで、「ラルフ・ローレン」という「クラシカル」なブランドに新しい生命を吹き込み、生活者を振り向かせることに成功した(勿論、デザイン性に優れたアプリを作れば売れるというわけではなく、前提条件としてモノやサービスが優れていることは言うまでもない)。

アメリカの「モバイル・ショッピング」は、必ずしも、「モバイル=購買トランザクション・ツール」ということではなく、むしろ「モバイル=購買サポート・ツール」を主として発展してきたことは特記に値する。だからこそ、前回のブログ「イーベイが試みるウェブ×ローカル戦略」でお話した位置情報アプリや価格/ディール比較アプリ、モバイル・ベースのポイント・プログラム等の今後の発展にも大いに注目したい。

そして、日本に比べてアメリカが遅れをとってきた購買トランザクション・ツールとしてのモバイルの分野でも、昨今、大きな進展が見られる。モバイル・デバイスで高価なモノを買うことに対する抵抗も年々薄れてきていて、最近では、イーベイのiPhoneアプリで24万ドルの車を購入した人がいたそうだ。この例はちょっと極端だとしても、モバイルを通したワンタッチ・ショッピングを日常的に楽しむ生活者が急増していることは、もはや無視できない事実である。

SO・LO・MOは今日の生活者のライフスタイルを象徴する重要なキーワードだが、企業が新しい売り方を考える上で着目すべき傾向は他にもたくさんある。2000年前後に、ネット上で売り手と買い手の出会いの場を創造する役割として「マーケット・メーカー(市場の創造者)」という言葉が登場したが、これからの流通業は、生活者のライフスタイルの変化や、そこから生まれる要求を絶えずウォッチして、それに応える術を供給側に提供していく「マーケット・メーカー」であらねばならない。今回、イーベイの事例を通して改めて確信を新たにした。