「自然発生的に醸成された文化ではなく、意図的に創造する企業文化」。ダイナ・サーチの石塚しのぶ氏は、これを“戦略的企業文化”と名付け、実現のための手法「コアバリュー・リーダーシップ」の必要性を説く。戦略的企業文化の構築事例、ザッポス社の取り組みをつぶさに検証した石塚氏にポイントを聞いた。
―「ザッポスの奇跡」で同社の取り組みが紹介されてから、「企業文化」「コアバリュー」という言葉がカスタマーサービス従事者を中心にキーワード化しています。
石塚: 国、そして規模の大小を問わず、どんな会社にも企業文化はあります。しかし、ほとんどの場合、存続・成長していく過程において自然発生的に醸成されたものです。それを仕組み化し、“自分たちの意図した文化を創る”というアプローチが米国でここ数年、盛んになりつつあります。そのきっかけとなったひとつの要素がネット通販会社であるザッポスの成功といえます。かつての企業文化とは異なる文化という意味で、私はそれを「戦略的企業文化」と名付けました。
―意図的な文化の構築が必要になった背景は。
石塚: とくに2008年後半のリーマンショック後、従来の企業文化や経営姿勢に対する疑問を世界中のビジネスマンが感じたはずです。つまり、「何をつくってどうやって売るか」という考え方だけでは、生活者の熱狂的な支持(サポート)を得ることができない時代になったということです。
ザッポスのCEOであるトニー・シェイは「会社が収益を上げるということは、人間が生きるために息をするようなもの」と表現しました。トニー・シェイをはじめとする一部の経営者は、「収益性を高める取り組みは当たり前のもの」と位置づけたうえで、「社会的存在意義というプラスアルファの価値を提供する」という方向性をいち早く定めたのです。実現するには、会社が考えていることを体現するための手段が必要で、その有力なものが企業文化を意図的に構築する「戦略的企業文化」ということになると捉えています。そして、それを実現する手段こそが「コアバリュー経営」です。
ハッピーでない社員が対応しても顧客がハッピーになるわけはない
―「ザッポスの奇跡」に続いて、「未来企業は共に夢を見る」を上梓され、数社の戦略的企業文化やコアバリューの構築事例を紹介されました。すべての企業に共通する要素を簡単に説明してください。
石塚: すべての企業が「社員の幸せの追求」をベースとし、共通の目的と価値観への熱烈な共感を原動力とした組織を構築しているということです。ここで表現している「幸せ」にはさまざまな考え方があると思いますが、多くは「社会に貢献するという使命感によってもたらされる自己実現の充足」と「周囲の人との強いつながり」によって培われる幸福感と定義しています。企業の姿勢を外に向けて打ち出していくためには、まず、“中の人”の心を束ねる求心力が必要です。その求心力が、中心となる価値、つまりコアバリューであるということです。
例えばザッポスは「幸せを届ける」ことを社会的存在意義として掲げていますが、だからこそ、社員のハピネスを重視しています。コンタクトセンターをはじめとしたカスタマーサービスの現場では、組織を構成するメンバーがハッピーでない限り、お客様をハッピーにする対応はできないからです。顧客接点として、「幸せを届ける」という使命に大きく貢献するコンタクトセンターは、ザッポスでは花形部門と捉えられ、そこで働く人のハピネス管理が真剣に取り組まれています。
―本の中でも、ザッポス以外に「熱狂的なカスタマーサービス」と称されている会社の事例がありますね。しかもITソリューションやサービスを提供する企業で、日本ではあまり考えにくい業種です。
石塚: 日本のコンタクトセンター、とくにテクニカルサポートは企業側が定めたマニュアルやスクリプトを遵守することが優先されると聞きます。でも、現代のカスタマーサービスにおいては、マニュアル以上のものが要求されていると思います。アウトソーシングしているとか、パートタイマーやアルバイトが多いという事情もあるでしょうが、それを乗り越えて「一人ひとりがマニュアルではなく、“自分の能力を発揮して対応している”と思うような組織作り」を目指すべきだと考えています。
大企業ほど難しい?!「戦略的企業文化」の構築
―戦略的企業文化の構築については、企業規模を問わず必要だとお考えですか。
石塚: これからの企業は、規模の大小に関わらず、企業文化の構築には戦略的に取り組むべきだと思います。しかしあえていうと、大企業より中小企業の方が大きなメリットがあるのではないでしょうか。
戦略的企業文化の構築は、価値をベースとした仕組みの構築と浸透がポイントです。具体的には、社員の採用、評価、賞賛などというものですが、例えば採用においては学歴やスキル以上に、「価値観を共有できるか否か」が重要かつ最優先されるポイントとなります。こうした採用基準を仕組み化して、浸透させていくには、企業の規模が小さい時のほうが実践しやすいのではないかと思います。
―本に掲載された企業は、ザッポスを含めてほとんどが創業者、もしくはそれに近い方が経営者という特徴があります。日本企業にありがちなサラリーマン社長や、昨今増えているM&A絡みでファンドが指名したような経営者の会社で、共通の価値観を持つコアバリュー経営が可能なのかという疑問も湧きます。
石塚: そのようなケースでは、コアバリュー経営ではなく「コアバリュー・リーダーシップ」という考え方が有効ではないかと考えています。つまり、「会社」という単位ではなく、「部門」という単位で価値観の共有を促していくという考え方です。
今日、とくに、コンタクトセンターなどカスタマーサービスの現場においては、顧客と向き合う人たち一人ひとりが、個々の顧客のニーズや状況にあわせて臨機応変に対応することが要求されていると思います。言い換えれば、現場に対する「権限委譲」が必要ということですが、これを実現するためには、かつての親分子分型のリーダーシップではなく、「価値観を基盤として、組織の中の人たちの考え方を統一したうえで個々に意思決定を委ねる」という新しいタイプのリーダーシップが要求されてきます。(ダイナ・サーチでは)こういったリーダーシップの在り方について考え、身につけていくためのトレーニングプログラムも開発中です。
コアバリュー・リーダーシップの実践「共有すべき価値観」の明文化が必須
―コアバリュー・リーダーシップの実践や戦略的企業文化を構築するうえで、最も重要と考えるポイントを教えてください。
石塚: まず、すべての経営者や企業のリーダーに対して、「組織としての社会的存在意義を定め、メンバー全員が共有していますか?」と問いたいと思います。リーマンショック以降、日本を含めた世界の経済環境は確かに厳しく、激しい変化にさらされました。しかし、少なくとも米国で生き残っている、あるいは生き残ると目されている企業の多くは、その規模を問わず、短期的な収益構造を超えた社会的な価値を世の中に提示しています。
企業規模や売上高、利益以外に、社会に対する価値を示せない会社は、どんなに大企業の経営者やリーダーでも尊敬されない、支持されない時代になりつつあると強く感じています。中長期的に見れば、淘汰されるべき存在になってしまうのではという危惧すらあると思います。
―企業のリーダー、とくに現場マネジメントをされている皆さんへ具体的なアドバイスをお願いします。
石塚: 長期的な繁栄を目指すすべてのビジネスマンの皆さんに、「共有すべき価値観を明文化しよう」と提唱したいです。そして、価値観を基盤とした仕組みを構築することです。いくら立派で誰もが共感するコアバリューを考えても、それを継承しなければ意義は半減します。例えば、成長した企業が創業者から代替わりしたら立ちいかなくなった原因の多くは、実はここにあるのではと思っています。
価値観を掲げるだけではなく、それを基盤にした仕組みをつくり、運営していくこと。それによって、日々の意思決定や行動への価値観の反映を全員に徹底させることができると思います。これが、代替わりしても風化しない企業文化を築くひとつの決め手であるといえます。日本においてもコアバリュー・リーダーシップや戦略的企業文化が根付いていくよう、さらなる啓もうを続けたいと考えています。
(聞き手:矢島 竜児)
本記事はcallcenter-japan.comの、月刊『コンピューターテレフォニー』(2013年9月号)に掲載されました。
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