ロサンゼルスを拠点に日米間ビジネス・コンサルティングを展開する石塚しのぶ氏が、7月に来日。ソーシャル時代には、メンバー一人ひとりが企業のコア・バリューを理解・体得した上で、お客さまに相対することが求められている。このコア・バリュー経営を、部門・チーム単位で推進するコア・バリュー・リーダーシップの有効性などについて、お話を伺った。
なぜ今、コア・バリュー経営が注目されているのか
―まず、石塚さんが提唱していらっしゃるコア・バリュー経営についてご説明いただけますか。
石塚:今年の春に執筆した『未来企業は共に夢を見る―コア・バリュー経営―』の中で提唱した概念です。コア・バリューとは企業が戦略的に定める価値観であり、コア・バリュー経営とはこれを採用、評価、コミュニケーションなど社内の仕組みの礎とし、働く人が全員で共有し、日々、意思決定の物差しとして用いるようにすることです。
どうやって企業の業績を上げるか、働く人たちを幸せにするかということを考えていくと、必ず企業文化に行き着きますが、コア・バリューとは、企業文化の中核をなすものです。日本の若い経営者たちの中には、すでにコア・バリュー経営を実践している人たちが少なくありません。数年後にはコア・バリュー経営は、当たり前のことになっているでしょう。
―企業文化やコア・バリュー経営が注目されるようになった背景は?
石塚:成熟した社会では、商品そのもので差別化を図ることが非常に難しく、お客さまの満足を得るためにも、ブランディングを図るためにも、顧客接点でいかに良い体験を提供できるかがカギとなっています。そして、企業として価値ある体験を提供するためには、コア・バリューを全員で共有した上で、一人ひとりが自分の役割を果たしていく必要があるのです。
顧客接点で、実際にお客さまに価値を提供するのは、店頭の販売員やコンタクトセンターのオペレータなど、フロントラインの人々です。ブランドはかつて、広告などで作られるものでしたが、ソーシャルの時代には、生活者の体験がそのままブランド・イメージにつながっていきます。例えばコンタクトセンターに電話をして話したという体験が、直接ブランド・イメージをかたち作ります。ですからフロントラインのメンバーをはじめ、企業で働く人たち全員がコア・バリューを理解し、体得していることが必要なのです。
大多数が共有している価値観が企業文化を形成する
―企業文化とはどのように作られていくものなのですか。
石塚:企業文化のベースには、皆で会社を作っていくという考え方があります。カリスマ性を持ったトップが理念を明確にしてそれを上から下に伝えるというやり方は、ソーシャル時代には合っていません。
経営者の理念を基に企業文化を作るのだとしても、最終的にはそれに賛同する人たちのグループができ上がり、大多数が同じ価値観に基づいて仕事をするということが重要です。つまり、全員を巻き込んで作り上げていくことが大切なのです。
グループの大多数が共有している価値観が、企業文化を形成します。企業文化とはとても民主的で、人間的な考え方に基づくものなのです。
しかし企業文化、そしてその中核となるコア・バリューを全員に浸透させるのは、口で言うほど簡単ではありません。命令してできることではないからです。
まず第一のプロセスは、フロントラインを含めて働いている人すべてに、それぞれが重要な役割を担っていることを認識してもらうことです。その上で、コア・バリューを理解・体得してもらうことによって、一人ひとりが自分の役割を踏まえながら、能力を発揮して、皆で企業を盛り立てていくことが可能になります。
これは言い換えれば、企業文化やコア・バリューを理解し、企業にエンゲージして働いてこそ戦力になるということなのですが、日本ではエンゲージしている人の割合は3割にも満たないと言われています。ザッポスでは、おそらく99%の人がエンゲージしているでしょう。だから企業としてパワーがあるのです。
―先ほど、どうやって企業の業績を上げるか、働く人たちを幸せにするかということを考えていくと、必ず企業文化に行き着くとおっしゃられたのは、そういうことなのですね。
石塚:その通りです。
顧客接点を担う人々には、お客さまに感動を与えたり、感激させたりできる“人間力”が求められるようになってきています。この人間力を生かせる組織でなければ、企業力を高めることはできません。
実際に米国で今、パワーがあり、話題になっている企業は皆、個の人間力を活用できているところばかりです。これらの企業組織のあり方は、ヒエラルキー型ではなく、価値観をベースにしたフラットな形態になっており、一人ひとりが「自分がこの会社を支えている」という気持ちを持って働いています。その結果、生産性が高く、離職率が低い。働いている人も、企業もハッピーという、WIN-WINの関係ができています。
―フラットでありながら組織として機能していくには、中核となる価値観が必要になるわけですね。
部門、チームから始めるコア・バリュー・リーダーシップ
―コア・バリュー経営を実践するには、何から着手すればよいのでしょうか。
石塚:必ずしもはじめから、企業全体の経営をコア・バリュー経営に切り替える必要はなく、コンタクトセンターなどの1部門や、プロジェクト・チームから、コア・バリュー・リーダーシップを推進していくのも有効な方法だと考えています。まず、できるところから着手するということが大切だと思います。
―ソーシャル時代になり、リーダーシップそのもののあり方も変わってきているように思います。
石塚:かつてのように、ポジションが上の人の言うことが常に正しいという考え方は、もはや通用しません。リーダーには、グループの代表として、民主的に仕事を進めていくことが求められています。
そのような中で、コア・バリューに則ってリーダーシップを発揮することは、リーダ自身にとっても非常にやりやすい方法だと思います。主観的な判断に抵抗を示す人は多いでしょうが、共有された価値観に基づいて物事を判断すれば、皆の納得を得られやすくなります。
また、リーダーにとっては、マーケティングやセールスの戦略を構築するだけでなく、メンバーとのコミュニケーションを図ったり、結束力を高めたりすることも仕事の一部です。企業文化が確立・共有され、コア・バリューが徹底されていれば自ずとコミュニケーションが図りやすくなるので、リーダーは本来の仕事である戦略的な部分に集中することができるようになるのです。
市場の変化に取り残されないよう価値観の転換を
―コア・バリュー経営推進のメリットは?
石塚:顧客接点において、より良いサービスが提供できるようになることは間違いありません。
また、日本では新入社員の3割が3年以内に退職しているというデータがありますが、企業文化やコア・バリューに合っているかどうかという観点で採用を行えば、離職率は低下するでしょう。
しかし企業は何より、本質的な事柄に目を向ける必要があります。企業に変化を迫っているのは、生活者です。インターネットの時代、ソーシャルな時代になって、生活者がパワーを持つようになり、真の意味で顧客主導型の市場になったことで、企業の真価が問われているのです。生活者の要望に応えて価値創造をしている企業がたくさんある中で、これができない企業は存在意義を失っていきます。企業は今、大転換を迫られているのだと認識すべきでしょう。
今回の来日で、日本企業のリーダーの方々にお会いし、『ザッポスの奇跡』を読んで感銘を受け、経営方針を転換したという嬉しいお話も聞くことができました。ようやく企業文化が大事だということが認識されてきているという実感を持っており、それをぜひ、より多くのリーダーに実行に移してほしいと願っています。
―ありがとうございました。
*本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(Vol.208, 2013-9)に掲載されました。
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