地域社会と会社の融合-ザッポス・ダウンタウン・プロジェクトのグランド・ビジョン-

数週間前にセミナーでザッポス本社を訪問する機会があり、その際に、ザッポスが(というよりはトニー・シェイが)現在取り組んでいるラスベガス・ダウンタウン(旧繁華街)再生プロジェクトの担当者にお話をきいてきました。

まず、ザッポスがアレンジしてくれたリムジンでダウンタウンに向かいます。

ラスベガスダウンタウン

下ろされたのは「古き良きベガス」の匂いの漂う老舗カジノ、エル・コルテス。その真ん前に、ダウンタウン・プロジェクトの本拠である『オグデン(The Ogden)』はあります。この高層コンドミニアムの最上階2階(24階、25階)が、トニー・シェイ率いるダウンタウン・プロジェクトの本部、スタッフ住居、および起業家支援のためのレンタル・ワークスペースになっています。

ダウンタウン・プロジェクトへの着手を始めて間もなく、トニーはそれまで自分が住んでいた一軒家を売り払い、『オグデン』に越してきました。そして、今ではここにプロジェクト・スタッフの全員が同居しています。かつて、トニーがベンチャー・ファンドの会社、ベンチャー・フロッグを経営していた頃に、サンフランシスコのロフトの一フロアを買って、起業家を住まわせたり、自分が支援している会社のオフィスとして使ったり、という逸話がありますが、それを彷彿とさせる環境です。

『オグデン』のレンタル・オフィス・スペースの一室から、ベランダに出てこの開発プロジェクトのフォーカスである『Fremont East(フリーモント・ストリート東部)』を一望しました。前方に見えるのは、ザッポスが2013年に移転を予定しているラスベガス市庁舎。周りに駐車場がある以外は、空き地が多く一帯は閑散としています。トニー・シェイが同プロジェクトに個人的に投資している3.5億ドルのうち2億ドルは、不動産の購入や開発に充てられるのだそうです。

フリーモント・ストリートとラスベガス市庁舎

そして残りの1.5億ドルは、テック起業家支援、ローカル・ビジネス支援、教育施設に3分割されて投資されます。ローカル・ビジネス支援のフォーカスと概要について、案内をしてくれたクリッシィさんが話してくれました。

まず、支援対象となるビジネスは、次の四つの条件を備えたものだそうです。

  • Community(地域社会に貢献する)
  • Executinability(遂行可能である)
  • Sustainability(維持可能である)
  • Passion(起業家の情熱が感じられる)

そして、ダウンタウン・プロジェクトでは、次の三つの面での支援を提供します。

  • 財務的支援(融資を受ける時などに必要なビジネス・プランの組み立て方、書き方などについて支援する)
  • ローカル・ビジネスとのメンターシップ・プログラム(ラスベガス地域で既に事業を営み、成功している経営者と起業家をマッチングし、経験豊かな経営者がメンターとして指導にあたるプログラム)
  • バックオフィス支援(給与・法務・人事などバックオフィス業務をダウンタウン・プロジェクト・オフィスが支援し、起業家が中核業務に専念できるようにするプログラム)

アメリカでは、スモール・ビジネスの大半(80から90%)が起業後1年目にして倒産するといわれていますが、これらの支援を提供することにより、ラスベガス・ダウンタウンで起業するビジネスの成功率を上げようというのがトニーの思惑のようです。

近年、「新しい働き方」が論じられる中で、「オフィス空間」の考え方も大きく変わってきています。昨今のオフィス空間のキーワードとして浮上してきているのが、「ソーシャル・インタラクション(社会的交流)」。個人のワークステーションを壁で囲わずにオープンにし、また、オフィスの随所に人が集えるスペースを豊富に設けるなど、アイデアの交流やコラボレーションを促進するような工夫が盛んに行われています。この「ソーシャル・インタラクション」のコンセプトを会社の壁の外まで延長するのが、ザッポスの新社屋のコンセプトであるといえるでしょう。

グーグルやフェイスブックなど、シリコンバレーのテック企業のオフィスは、「敷地内ですべてが賄われる」という大学のキャンパスにも似たコンセプトのもとに建てられてきました。しかし、トニー・シェイは、ザッポス本社と周辺地域が融合して、相互的な価値を生み出す共同体をつくりたいと考えているのでしょう。だから、会社の中の環境を整えるだけでは飽き足らないのです。斬新なアイデアと野心に溢れたテック起業家を集め、レストラン、バーやアート施設など、人が集まる刺激ある場所をつくる。そこで、アイデアの異種交配が起こるように仕向ける・・・、それが、トニー・シェイの構想なのではないかと思います。今から5年後、ラスベガスのダウンタウンは、今とはまったく見違える風景と、気風をもった町になっているはずです。そう考えると、こちらまでワクワクしてきました。