月刊『アイ・エム・プレス』 : No.6 ボイス・オブ・カスタマー(VOC)24/7「ソーシャル時代のカスタマー・リレーション」

*本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(183, 2011-8)に掲載されました。

VOCは時代遅れか

「ソーシャル時代のカスタマー・リレーション」をテーマに6カ月間続けてきたこの連載。最終回の今回は、「ボイス・オブ・カスタマー(VOC)24/7(年中無休)」という題で書いてみたいと思います。

まず、ちょっと物議を醸すような問いかけから始めましょう。それは、「VOCは時代遅れか」というものです。

VOCとは、「顧客の期待、ニーズ、ウオンツなどの把握を目的とした顧客の声の深耕プロセス」であると定義されています。従来では、マーケット・リサーチの一環としてとらえられ、フォーカス・グループや個別インタビュー、シミュレーション、エスノグラフィック・リサーチ(民族誌学的調査)などの手法が用いられてきました。

顧客の期待やニーズ、ウォンツを把握することは、いかなるビジネスにとっても必要なこと。その点においては「流行り、廃り」があるわけはありません。これは日米に共通したことだと思いますが、むしろ、買い手のパワーが売り手のパワーをしのぐようになった今日では、顧客の声を聴くことが今までにも増して重要になってきていると言えます。ただし、これまでのVOCのあり方が時代遅れになってしまっているとすれば、それは、「顧客の声を『イベント』として聴く」という考え方だと私は思います。

昔は、企業が顧客の声を聴く機会は限られていました。コンタクトセンターに寄せられる苦情や意見、問い合わせ、店頭での会話、そしてフォーカス・グループ。お客さまの方からアプローチがあった時だけ顧客の声を聴く、または、特別なオケージョン(例えばフォーカス・グループ)を企画した時にだけ顧客の声を聴く…ということに限定されていたのです。こういった環境下で、企業は自ずと、「顧客の声を聴くことはイベント(単発的に発生する機会)」であるという姿勢を身に付けてしまったのではないかと思います。

しかし今日では、顧客の声を常時(24/7)、継続的に聴くことが可能になっています。顧客同士の会話を「傍受」することさえできるようになっているのです。そして、そればかりではなく、個々の顧客との対話を通して、顧客の期待、ニーズやウオンツに対する理解をさらに深めることもできます。具体的に言えば、Web上で進行している会話に気を配るということですが、Webはまさに顧客インテリジェンスの宝庫です。「顧客の声を聴きたい」と心から望む企業にとっては、この上なく好都合な世の中になっているということなのです。

VOCというプログラムではなく、VOCという経営

読者の誤解を避けるために、冒頭の「VOCは時代遅れか」という問いかけの意図を、もうひとつの角度から説明しましょう。

まず先に、「顧客の声をイベント・ベースで聴く」という考え方はもう時代遅れになっているのではないか、と述べました。

フォーカス・グループを設けた時にだけ、お客さまがコールセンターに連絡をくださった時にだけ、あるいは、Webでアンケートをとった時にだけ、顧客の声を聴くというやり方、考え方では不十分であり、今までにも増して、より素早く、より高度に、そしてより細やかに顧客の期待、ニーズやウオンツに応えていかねばならない時代には、そういう姿勢では他社との競争に負けてしまうどころか、顧客に見放されてしまうということです。

つまり、顧客の声を常に聴き、分析し、事業運営に反映させていく仕組みを整えなくてはならないということになります。

そしてもうひとつの点は、VOCをただのプログラムではなく、経営の視点からとらえる必要があるということです。

VOCはもはや顧客の声をデータとして収集、分析、蓄積するだけの仕組みではなく、それを商品やサービス改善に活かすということだけで終始するものでもありません。そうではなくて、企業組織全体が顧客の声に対する感度や反応のスピードを上げ、顧客の心をつかむチャンスを逃さない、「センス・アンド・レスポンド」型の経営を具現化していくことを目的とすべきなのです。

このようなVOC経営の事例としては、2005年に(株)資生堂が着手した改革のひとつである「売り場に派遣する美容部員(ビューティ・コンサルタント)の販売ノルマの撤廃」が上げられるでしょう。販売ノルマをなくし、お客さまの声に応えることを美容部員にとって最大、そして唯一の目的とすることで、VOC経営を組織の隅々にまで浸透させることに成功したのです。そして、VOCを経営姿勢としてとらえるということは、VOCという活動を広義でとらえるということにもつながってきます。

顧客の期待値を上げる、Twitterでのカスタマー・サービス

例えば、アメリカでは2008年頃から注目されるようになったTwitterによるカスタマー・サービス。Twitter上
の検索機能や、ソーシャル・メディア・モニタリング・ソフトを活用し、自社名や商品/サービス名を検索して、顧客の苦情や質問にプロアクティブに答えていくという顧客サービスの形が、今日では決して珍しくなくなっています。

Twitterによるカスタマー・サービスと言えば、アメリカでは大手ケーブルテレビ会社のComcast(コムキャスト)、家電量販店のBest Buy(ベスト・バイ)、コンピュータ・システム・メーカーのDELL(デル)などが有名ですが、業界で言えば航空業界が特に力を入れています。エア・トラベルにはストレスが付きもの。問題があった時に、罵声(?)まじりのつぶやきでうっぷんを晴らす人も多いようです。

2010年のクリスマス・シーズン。アメリカの東海岸を前代未聞の大雪が襲った際、キャンセルされたフライトの再予約をTwitterで20分以内に成し遂げた人の例。

空港で、「車椅子が必要!」とある航空会社宛てにつぶやいたら、「直ちに手配します」とすぐさま連絡が返ってきた例など、Twitter美談は尽きることがありません。

しかしその反面、これらの美談が顧客の期待値を上げていることも確かです。「Twitterなら敏速なサービスが受けられる」と、試しに苦情をつぶやいてみる人も多いとか。そこで期待通りの反応があれば企業の評価は上がるわけですが、そこで反応がなかったり、対応が悪かったりすれば、「あの会社のサービスはやはり大したことはない」と顧客をがっかりさせ、腹立たせることになるでしょう。

顧客からアプローチをしてこなければ、顧客の声が聴けなかった時代。店舗やコンタクトセンターなど、企業がごく限られた顧客接点の管理を心配するだけでよかった時代がありました。しかし今日では、企業が顧客の声に耳を傾ける、意識的かつシステマティックな努力を払わねばならなくなっています。TwitterのつぶやきやFacebookの書き込みをモニタリングすることもその一例。しかも、店舗やコンタクトセンターには「営業時間」がありますが、ネットの世界にはそれがありません。まさに24/7の体制で耳をそばだてていなければ、一生涯の顧客をつかむ好機や、問題のつぼみを早期に摘み取る好機を逸してしまうことになりかねません。

顧客サービスの話ばかりしてきましたが、「顧客の声を聴く」ことの意義は顧客サービス上の問題の発見と解決に終始するものではありません。

繰り返しになりますが、ネット上で休みなく交わされている会話は、企業が喉から手が出るほど欲しい「顧客インテリジェンス」の宝庫です。それを活用するか、しないかで、今後、企業の間に大きな差がついてくると思います。店舗やコンタクトセンターだけに頼って、顧客が話しかけてきてくれるのを待っている企業、フォーカス・グループなどの「イベント」がなければ、顧客の声を聞こうとしない企業は、顧客ニーズや価値観の変化から取り残されていくということです。

時代を象徴する新しい職種:コミュニティ・マネジャー

年中無休、24時間体制で顧客とつながり、顧客の声を聴くことが可能になったばかりではなく、そうすることが求められている時代に、注目されている新しい職種として「コミュニティ・マネジャー」があります。

今日、「コミュニティ・マネジャー」は、アメリカの企業社会において最もホットな職種だと言っても過言ではないでしょう。どのくらい注目されているかというと、アメリカでは、1月の第4月曜日が「コミュニティ・マネジャーの日」となっているくらいです。

「コミュニティ・マネジャー」というと、企業が特定の顧客だけを招いてつくる「プライベート・コミュニティ」やフォーラムを管理する仕事のように思われるかもしれませんが、そうではありません。そういった狭い定義が用いられていた頃もあったのですが、最近では、ネット上に存在するファン・サイト、ユーザー・サイト的なものや、企業に関するブログやツイート、あるいはFacebookへのエントリーがもとで流動的かつ自然発生的に生まれるグループなどの「オープン・コミュニティ」をモニタリングし、人々とつながり、会話に興じる役割へと進化を遂げていっています。

「コミュニティ・マネジャー」の歴史は浅く、確固たる定義や職務内容、採用基準が存在しません。しかし、やや抽象的ではあるにせよ、「コミュニティ・マネジャー」の役割を表す言葉として次の3つのキーワードが浮上してきています。

  • コミュニティ・マネジャーは「ブランド・アンバサダー」である
    コミュニティ・マネジャーは「企業の顔」。企業を代表しつつも、顧客の声を社内に向けて公正に伝え、両者のバランスをとるのがコミュニティ・マネジャーの役目。
  • コミュニティ・マネジャーは「ブランド・モニター」である
    ネット上の会話をモニタリングして、自社のブランドにポジティブ、あるいはネガティブな影響を与えるものを早期に発見し、対応できるようにする。
  • コミュニティ・マネジャーは「ブランド・コミュニケータ」である
    人から人へとブランド・メッセージを伝達し、ブランドをとりまく情熱やエキサイトメントの育成に努める。

かつては、コミュニティ・マネジャーは企業ブログやTwitter、Facebookアカウントを管理するだけの仕事と見なされ、テクノロジー部門、マーケティング部門、また顧客サービス部門の担当者が兼任していたケースもありました。

しかし昨今では、顧客サービスやセールス、マーケティング、商品開発や物流などの部門をつなぎ、顧客との橋渡しをする戦略的ブレーンとして、市民権を得つつあります。

最近、日本でも関心が高まりつつあるコミュニティ・マネジャーという職種の台頭は、顧客をより深く知り、顧客とより密接につながることが企業の命運を分ける重要な要因であることの象徴です。コミュニティ・マネジャーの存在はその一部にすぎませんが、年中無休、24時間体制で顧客の声を聴く仕組みを築くことが、これからの企業にとっては急務であると思います。

しかし、いくら優れたコミュニティ・マネジャーが先頭に立って旗を振っても、企業のトップ・マネジメントのコミットメントや、企業を形成する社員みんなの心からの賛同が得られなくては無意味です。何にも増して重要なのは、本連載を通して主張してきた、顧客一人ひとりを「個」としてとらえ、「個」への価値創造を企業使命として真剣に思いやる姿勢、つまりは企業文化の育成だと言えるのではないでしょうか。

*本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(183, 2011-8)に掲載されました。