月刊『アイ・エム・プレス』 : No.1 生活者の、生活者による、生活者のための経営「ソーシャル時代のカスタマー・リレーション』

*本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(178, 2011-3)に掲載されました。

「ソーシャル」とは何ぞや?

impress日本では「2011年はソーシャル・メディア/Facebook元年」だと言われているそうですが、米国では2010年が「ソーシャルの年」と言われて、ソーシャル・メディア、ソーシャル・ビジネス、ソーシャル・カスタマーなど、「ソーシャル」の付く言葉がやたらにはやりました。しかし、「ソーシャル」はただのブームでもなければ、Webやテクノロジーの分野に限定されたことでもありません。

「ソーシャル化」というのは、企業や経営のあり方、そして企業と顧客、企業と社員の関係性を大きく変化させる社会現象であり、後戻りできない時代の潮流なのです。本連載では、この「ソーシャル」という動きが流通に与える影響を、いろいろな角度から掘り下げてみたいと思います。

「ソーシャル」という言葉を辞書で引くと、「社交的」とか「社会的」という言葉が出てきます。つまり、人と人とがつながっている状態が「ソーシャル」なのです。

Webがわれわれの日常生活の一部となった今日では、誰もが自分が求める情報を瞬時にして入手したり、自分の意見を不特定多数の人に伝えたり、自分で情報(あるいはコンテンツ)を制作して、世界中に向けて発信したりすることができるようになりました。その結果、共通の関心や悩み事、目的、あるいは特性を持つ人たちが、今までは考えられなかったほど大きなスケールでつながり、グループを形成することができるようになったのです。

このように、Webライフスタイルの普及によって、一般生活者の一人ひとりが「情報力(情報を入手、制作、伝播する力)」と「組織力(つながる力)」を手に入れたことが、市場の「ソーシャル化」を促進する主要な原動力になったわけです。

かつての市場では、こうした「情報力」や「組織力」は、企業や政府、学校やマス・メディアなどの「エスタブリッシュメント」だけが持ち得る力でした。しかし、個々の生活者が「情報力」や「組織力」を手に入れたために、市場における逆転現象が起き始めています。「エスタブリッシュメント主体」から、「生活者主体」の市場へと大きくシフトし始めているのです。

「ビジネス・エコシステム」という考え方

「情報力」と「組織力」を手に入れた生活者は、かつてのように、企業に依存しなくてはならない弱者ではなく、自己充足的な強者として生まれ変わりつつあります。今日ではむしろ、企業が生活者に依存するケースの方が多くなりました。例えば生活者は、生活者同士の情報交換(口コミ)を基に、購買の意志決定を下すことが断然多くなってきています。最も効果的なマーケターやセールス・パーソンは、生活者であったりする。つまり、生活者の力を借りずには、企業が立ち行かない時代が来ているのです。

かつては情報力の不均衡をよいことに、企業が生活者をだましたり、搾取したりということが横行していました。また、そこまで極端な例でなくても、利益のために商品や顧客サービスの質を犠牲にしたり…ということは、今日でも随所で見られることです。

しかし今後は、自社の利益しか考えない利己的な企業は生活者の支持を得られず、衰退していく運命にあると言えるでしょう。言い換えれば、「ビジネス・エコシステム」の原則を守る企業だけが生き残っていけることになります。

「エコシステム」の中では、その構成員が相互的な価値の循環を通して存続していきます。「共生」がキーワードであり、力のバランスが崩れるとエコシステムそのものの崩壊を引き起こすこともあるのです。

つまり、企業が「ビジネス・エコシステム」の原則を守っていくということは、自らがビジネスを営む市場を、「生態系」であり「共同体」であると考えて、その構成員である社員、顧客、取引先、投資家が価値の循環を通して、共生していけるような経営をするということです。

それは、簡単な言葉で言えば、「みんなが幸せになる」ことを究極的な経営目標にすることだとも言えます。現在、米国では、経済をさいなんでいる大不況の根底にある、「投資家優先」「短期的利益優先」のメンタリティをかなぐり捨て、社員が働きやすい会社づくり、顧客の感動を生むサービスに投資する企業が次々と誕生しているのです。

「人間らしくあること」が最大の強み

米国の経営学者ゲイリー・ハメル氏は、今後、企業が経営革新に取り組む上で必要なことのひとつは、「企業の人間化」だと述べています。

ソーシャルの時代に、人は「人とのつながり」をますます求めるようになっています。「人は人から買う」という言葉がありますが、これが「信頼する人」や「好きな人」であれば、ますます買いたくなるでしょう。一方で、建物やロゴと「つながりたい」と思う人はいません。企業が「人間」を表現できなければ、ソーシャル時代の生活者とつながるチャンスは限りなくゼロに近くなります。

忘れられがちなことですが、企業は実は人の集合体なのです。つまり、社員という「人」が集まって会社をつくっているのですが、これまで、この社員という「人」の存在をできるだけ希薄にすることが良しとされてきました。マニュアルに沿った画一的な行動が重んじられた工業経済時代の名残なのでしょうが、朝、会社に出勤した途端に自分というものを脱ぎ捨て、会社の仮面をかぶって「会社の利害」を優先して振る舞うことが要求されてきたのです。

ここに、社員は「人間」であるという本質に帰り、社員の「個」を前面に出すことによって「企業の人間化」に成功しているザッポスという会社があります。米国にあるネット通販の会社ですが、この大不況の中で優に年間50%を超える成長を続けています。そして何と、1日の購入のうち75~80%がリピート購入(1年以内に購入したことのある顧客による購入)により占められているのです。

このザッポスのコンタクトセンターには、マニュアルもスクリプトもありません。そして必要とあらば、1件の電話に何時間費やしてもとがめられることはないのです。同社が社員に求めるのは、「顧客と個人的かつ感情的なつながりを築く」ことであると言います。そして、1件、1件の顧客対応において、「困っている友人を助けるためにどうしたらよいか」を考えるように促されるのです。

判断力、創造力、共感する力、機転、分別…。それは、テクノロジーが発達し、自動化が進んだ今日でも、コンピューター(機械)には提供できないものです。ザッポスでは社員に、「人間らしく」「自分らしく」振る舞うことを奨励し、人間ゆえの能力を最大限に引き出すことに成功しています。

「お客さまは『何をしてくれたか』は覚えていないかもしれない。でも『どんな気持ちにさせてくれたか』は決して忘れない」。ザッポスのCEO、トニー・シェイの言葉にあるように、ザッポスのコンタクトセンターに電話をし、唯一無二の感動体験を経験した顧客の心には、その記憶が深く刻み付けられるはずです。そしてその瞬間から、その顧客にとってザッポス、「建物」や「ロゴ」であることをやめ、血の通った人間の集合体となるのです。

*本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(178, 2011-3)に掲載されました。