顧客目線で創る、新しい店舗のかたち

「顧客目線で創る」ということを、極めて実践的に捉えた新しい店舗づくりがアメリカで始まっている。

対象となる人の行動を観察を通して分析する、「エスノグラフィ」と呼ばれる文化人類学の研究手法が、顧客研究の手段としてビジネスの世界に導入され始めて久しい。ここで取り上げたいのは、それをもう一歩発展させて、「顧客の体験を共有する」ことによって洞察を深め、店舗のエクスペリエンス・デザインに活用するという試みだ。

代表格はドラッグ・ストアである。日本ほどではないが、社会の高齢化が進む中、「高齢者のニーズに対応する店舗づくり」に多大な資金と労力が注がれている。言わずと知れたことだが、高齢になればなるほど、ネットではなく、「店舗」が日常生活に占める重要性が高い。アメリカでは、2030年までに高齢者(65歳以上)が7,150万人に達し、総人口の20%近くを占めるようになるというが、この、「来るべき巨大消費層」を取り込もうと、消費者向け商品、とくに、医療/健康関連商品のメーカー、リテーラーは研究開発に余念がない。

米国のドラッグ・ストア最大手のウォルグリーンでは、経営幹部自ら高齢者になりきってシュミレーションを行う。緑内障や白内障など、老化に伴って起こりがちな視覚障害を模擬する特製の眼鏡をかけ、指の自由を奪う手袋をはめ、靴の中には未調理のポップコーンの粒を詰めて、いざ、売り場へと出動する。手袋はリウマチ、靴の中のポップコーンは足腰の安定性の衰えを疑似体験させるためのものだ。

顧客の目、手、足をもって、経営幹部たちは店舗をブラウズし、顧客の「不自由」を実体験する。店頭で配布されているチラシの文字は小さすぎ、老化して衰えた目には見えにくい。親指の間接がこわばり、手にくっついて離れない状態では、缶詰を持ち上げるという単純な動作にも根気と、集中力を要する。足腰の弱りから、屈んだり、棚の高いところに手を伸ばすこともおぼつかない。今まで、「普通」として認識していた店舗環境が、ある特定の顧客にとっていかに不便かということが身をもって実感されてくる。

店内表示や商品ラベルの文字を大きく、見やすいものにする、棚に虫眼鏡を置く、ボトル入り飲料水や洗剤など、持ち上げるのに力を要する商品の売り場には、ヘルプ・ボタンを設置し、必要に応じて店員を呼べるようにするなど、ウォルグリーンでは、一店舗あたり3万ドルから5万ドルを費やし、店内の改装に取り組む予定だという。

大手小売会社の経営幹部が、顧客目線に立ち、洞察を深めることを目的とした研修プログラムは、これらの店舗に商品を提供するメーカーの開発/運営によるものだ。かつては、メーカーの「店頭販売サポート」といえば、販促費の提供や棚割り支援、販売員の派遣など、「より良く売る仕組み」の提案に終始していた。しかし今日では、「お客様に、より良く買っていただく仕組み」の提案へと焦点が移行しているといえる。

従来的な言い方をすれば、「流通の川上」にいるメーカーも、最終顧客にどれだけ接近できるかが差別化の決め手になる時代が来ているのだ。そして、先進的なメーカーは、「いかに顧客に近づくか」において小売業者をサポートする。先月(8月号)のコラムで、スーパーの精肉売り場について書いたが、精肉の卸業者が、小売業者を対象に、ミート・カッターの教育プログラムを提供している例は、この流れに沿っている。

もうひとつ強調したい点は、業界、業種を問わず、ビジネスにおいて、「洞察力」を高めることの重要性だ。「会社」という仮面をかぶったが最後、「顧客」の視点に盲目になり、職業的思考しかできない人が多いが、顧客主導時代の企業人としてこれは致命的な欠点だ。あくまで、一生活者としての視点に立ち返って、自社の事業、商品、サービス、顧客接点を見直すことが、経営者として高い地位に立つ人ほど、求められるようになってきていると思う。「売れる仕組み」は、市場の洞察から始まる。

参考サイト
ウォルグリーン