店舗差別化のコンセプト、モノではなく経験を売る仕組み

ちょっと前のことになるが、アメリカの小売業界に、「リテールテインメント」という言葉がお目見えした。文字通り、「リテール(小売)」と「エンターテインメント(娯楽)」を組み合わせた店舗差別化のコンセプトだ。

たいていのものがネットで入手できるようになり、「店舗小売業」の再定義が始まっている。店に行く意義は何か。ただ、商品を見つけて、それを買うだけなら、ネットで探したほうが、より多い選択肢の中から、より安いモノが探せる。また、ネットとの比較でなくとも、他の店との差別化も日に日に難しくなっている。モノだけの問題なら、どこでもたいてい、同じようなモノが買える。価格もさほど変わらない。顧客に、「この店でなきゃダメ」と言わせる決め手は何か。店舗が自らのアイデンティティを問わねばならぬ時が来た。

そこで、店舗を「購買の場」としてだけではなく、「娯楽の場」として見立てる店舗づくりが始まった。店内にロック・クライミング用の壁や、マウンテン・バイク用のテストコースがあるアウトドア・グッズ専門店のREIや、こちらは日本にもあるが、店内でオリジナルのぬいぐるみを作ることができる、ビルド・ア・べア・ワークショップなどが代表格だ。

さらに、最近のアメリカの店舗の動きを観察していると、「エジュ・リテーリング(Edu-Retailing)」とでも名付けたくなるような試みが始まっている。私独自のまったくの造語だが、「エジュケーション(教育)」と「リテーリング(小売)」を組み合わせた小売のコンセプトだ。つまり、顧客を教育する、知識を提供することを店舗差別化の決め手として位置付けることだ。特に、最近、アメリカでは、スーパーマーケット業界でこの動きが活発である。

例えば、今日、従来型のスーパーが力を入れているのが、精肉コーナーで働く店員のトレーニングだ。精肉コーナーのカウンターの後ろでは、「ミート・カッター(肉を切る人)」と呼ばれる店員が顧客からの注文を受け、顧客が望む部位を好みのサイズに切り分ける。今、スーパーは、従来、「肉を切る」という作業だけに徹していたこの店員たちを、「アドバイザー」として教育しているのだという。「この肉は、どういう風に調理すれば一番おいしいのか」、「オーブンで焼くとしたら、何度くらいの温度で、何分くらい焼けばいいのか」、「食べ合わせのよい野菜は何か」など、顧客は好奇心旺盛だ。「ミート・カッター」が、肉を切るだけではなく、そういった顧客の質問にすらすらと答えられることが、顧客の満足を高め、リピート顧客を生んでいるという。

このような努力が実を結んでいるのか、この不況の中、アメリカの従来型スーパーにおける精肉コーナーの売上は過去1年で12.2%上昇した。また、今年、従来型スーパーは、1999年以来初めて、ウォルマートなどのマス・ディスカウンターを差し置き、「消費者が最も頻繁に訪れる小売チャネル」の地位に返り咲いたという。

かつて、従来型スーパーの独壇場であったアメリカの食品小売市場は、今日、様々な業態が入り乱れてシェアを奪い合う激戦市場である。90年代以来、マス・ディスカウンターやその他新興業態に押されてすっかり後手に回った従来型スーパーだったが、ここに来て巻き返しを図ってきたのが刺激的だ。

近年、従来型スーパーが力を入れている、「エジュ・リテーリング」の動きは、競合の成功から学んだものといえる。従来型スーパーを窮地に追い込んだ新興業態の最大の強みは、商品力ではなく、むしろ、顧客を感激させるショッピング体験だ。有機自然食品のスーパーとしては世界最大のホール・フーズ・マーケットは、健康、グルメ志向の顧客を対象に、よりヘルシーでおいしい食生活を指南する。また、世界中から調達される独自の商材で定評のあるトレーダー・ジョーは、レジを打ちながら顧客と会話を交わすフレンドリーな接客が魅力だ。顧客のカゴの中の商品にコメントしながら、これが好きなら、あの商品も買ってみたらよいなど、わざとらしくも押し付けがましくもないクロスセルが自然に飛び交う。

ひとつ面白いのは、先に述べた「ミート・カッター」の教育プログラムやツールを、食品の卸業者が、付加価値サービスの一環として提供している点だ。全米規模の大手チェーンならいざ知らず、地方の独立系スーパーがこういった教育プログラムを独自で開発、運営するのは至難の業だ。そこで、これらの独立系スーパーと、いわば、「共生共存」の立場にある卸業者が、サポート役をかってでているらしい。「モノではなく、サービス、そして、顧客エクスペリエンス」という波は、小売店舗に留まらず、卸業にも押し寄せてきているということか。