「ザッポスにとっての、『次なるホライゾン』は?」

(2010. 4. 21)

ザッポスCEOトニー・シェイによる著書『Delivering Happiness(邦題:ザッポス伝説)』の出版にちなんで、ラスベガスにあるザッポス本社を訪問し、ザッポスCEOトニー・シェイにインタビューをしてきました。本の事から始まり、企業文化について、リーダーシップについて、「幸せ」に関するトニー自身の哲学について、そして彼のプライベート・ライフについてなど話は弾み、1時間が瞬く間に過ぎてしまいました。このインタビューの模様について、何回かに分けて書いて行きたいと思います。今回はその第六回目で、ザッポスにとっての、「次なるホライゾン」について。「五年先、十年先、ザッポスはどんな会社になっているか?」、また、新世代の起業家や経営者にとって、ビジネス(マネー・メイキング)と、人間の両者を理解することの重要性について訊いてみました。

石塚:
ザッポスにとって、五年先、あるいは十年先というスパンで見て、次なる成長のホライゾンは何ですか。ザッポスは2008年には年間売上10億ドルを突破し、採用やトレーニング、あるいはコンタクトセンターの運営など業務面での土台づくり、仕組みづくりのステージがひと段落ついて、新しい時代に突入しつつあるように見えるのですが。

ザッポス_トニー・シェイ_インタビュー_4-21-2010

トニー・シェイ:
とんでもない。仕組みづくりの面でも、まだまだたくさんやることがあります。

「成長のホライゾン」については、いくつもの異なる角度から見ることができますね。例えば、そのひとつは、「商品カテゴリーの拡張」ということ。現在、ザッポスは、「靴の会社」として知られていますが、近年、「アパレル」というカテゴリーにも進出しています。アメリカでは、アパレルの市場は、靴の市場の四倍の規模がある、といわれていますから、ザッポスが靴だけで10億ドルの売上があるということは、単純に計算して、アパレルで40億ドルくらいの売上はいけるということです。つまり、総売上50億ドルくらいの会社を目指すことができる。だから、今後5年くらいの間に、売上を50億ドルくらいまで伸ばすというのが、僕の中ではひとつの目標になっています。

「仕組みづくり」という観点でいえば、今取り組んでいることに、「パイプライン」というリーダー養成プログラムの構築があります。ザッポスが目指しているのは、エントリー・レベルの人材を、五年から七年の間に社内のシニア・リーダーとして育て上げることです。これは、社内でリーダーを養成することが、ザッポス・カルチャーの保護と強化につながる、という考え方に基づいています。これは、一部の部門ではもう実践されていることですが、これを、ザッポスでは今、全社的な仕組みとして組み立てようとしているところです。これについて言えば、成果が出るまでにあと五年から七年はかかるわけです。

大学に入りたての学生を対象にしたリクルーティングも視野に入れれば、「ザッポスで働きたい!」と思っている学生たちを在学中四年間かけて「ザッポニアン予備軍」として教育することができます。その人たちがザッポスに入社して、それからまた五年から七年の教育を受ける。十一年かけて、ザッポスのシニア・リーダーが育つ、ということになります。これは、かなり長期的な展望です。

石塚:
五年後、または十年後に、ザッポスはどんな会社になっているのでしょう。あなたには、何か見えているものがあるのですか。

トニー・シェイ:
もし、この「パイプライン」がうまく働いて、一人前のシニア・リーダーたちが本当に養成されていくとしたら、五年後、十年後にザッポスがどうなっているかは、彼ら次第ですね。だから、具体的なことは僕にもわかりません。

石塚:
アメリカに住む日本人としてよく考えるのですが、アジア人というのは、それぞれ自分の母国の文化をとても大切にする性質をもっていると思います。あなたは、中国系アメリカ人ですが、あなた自身がアジア人であることが、「企業文化」にナンバー・ワン・フォーカスを置くというザッポスの戦略に大きな影響をもたらしていると思うのですが、どうですか。

トニー・シェイ:
アジア人といっても、僕自身はアメリカ生まれのアメリカ育ちですから、実を言うとアジア文化のことはよく知らないんですよね(笑)。だから、もしザッポスが、「アジア的」であるとしたら、それはただの偶然じゃないかなと思います。

石塚:
確かに、あなた自身は、生まれも育ちもアメリカですが、あなたのご両親は、台湾から移住されたと聞いています。そのご両親の影響も少しはあるのではないですか。

トニー・シェイ:
・・・そうですね。でも、僕の両親は僕に起業家になってもらいたかったのではなく、医者になるか、博士号をとることを望んでいたんです。いわば、より「安定した」職業につくことを望んでいたんですね。だから、ビジネスに関しては、あまり親の影響は受けていないと思います。

石塚:
お母さんは臨床心理学士だそうですが、ビジネスと心理学の間には強い関連性があると思いますか。あなたを見ていると、ビジネスにおいて「利益を生み出す仕組み」と、「人(顧客、社員)」という二つのことに関する深い理解を兼ね備えているように思えます。ビジネスの才覚には富んでいるが、人の心や在り方を理解しない人が多い中で、あなたは非常に稀な感覚の持ち主だと思うのですが、「人間」というものへの理解は、あなたの家庭環境や生い立ちの中で培われてきたものだと思いますか。

トニー・シェイ:
実は、僕自身は、心理学にはまったく興味がなかったんですよ。興味を持ち始めたのは、つい三、四年前からです。

石塚:
でも、あなたは、「人」というものを本当によく理解していると思いますね。数式を理解するだけじゃなくて、会社と社員との関係や、会社の目標と個々の社員の「働く意義」の一致の必要性など、「人間のあり方」を理解することが、企業経営においても非常に重要な時代になってきているのではないのでしょうか。

トニー・シェイ:
そうですね。それは大切だと思います。だけど、そのために心理学を勉強する必要はない。むしろ、上司、部下ということではなくて、ひとりの人間として、社員と話をしたり、一緒に楽しい時間を過ごしたりということ、そういうことが必要になってきていると思います。

Ub|XZ~i[(注:このトニーの答えに、私は「なるほど」と唸りました。彼はあっさりと言っているんですが、これこそが、今からの経営者や、あるいは人の上に立つ立場にある人にとって、最も大切なことなんじゃないかなと思います。トニーは、いろいろなインタビューで、「『ワーク・ライフ・バランス』なんてナンセンスだ」と話していますが、これは、トニーが(そしてザッポスが)、「仕事は人の生活の重要な一部分であって、切り離せないものだ」という主張を持っているからです。だから、ザッポスでは、社員ひとりひとりの「ライフ」と「ワーク」が、ザッポスという職場において分離することなく一致する、同化する環境をつくるように意図的な努力をして、仕組みを創っていると思います。

「ワーク」と「ライフ」は別々のものだから、朝会社に来て、夕方退社するまでの時間は、「自分」というものを殺して、会社の仮面をかぶって働く、というのが、古い人材管理の考えだったと思います。家族や友人と接する自分と、会社で働いている自分は違う、だから、「会社ではプライベートなことは話さない」という人がたくさんいるし、会社でも、「仕事に関係ないことは話すな」と叱られたりという環境が存在するのでしょう。

ザッポスでは、社員の一人ひとりをよく理解しよう、ということを、トニーをはじめ経営陣やマネジャーたちが本当に心から考えて、真剣に、地道に取り組んでいる会社だと思います。「企業文化の育成」とか、「個」の活用とかいうことに対して、それは難しいとか、できないとか言う人たちが多い中で、それは難しい理屈ではなくて、社員とご飯を食べたり、映画を見に行ったり、一緒に笑ったりすることから始まる、それが基本なんだよ、とトニーが訴えているように、私には思えました。それこそが、本当の意味で、「人と人がつながる」ということなんだと、私は思います。)

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