「NIKEフラッグシップストア原宿」が目指す、店舗2.0

つい先週まで日本に出張に行っていたのだが、日本を離れるという最終日に、急ぎ足で、オープンしたばかりの「NIKEフラッグシップストア原宿」に行ってきた。
ウェブサイトによれば、「ココカラ変ワル」をキーワードにしたこの店舗。実際に行ってみて納得したが、なるほど、「ただのショップではない」
合計1,000平米近い広々とした店舗は、一階がランニング、二階がNIKEiD、三階がフットボールと、それぞれが確固たるテーマに沿って、心躍る売り場づくりを実現している。
駆け足で店舗を一巡してみて、真っ先に頭に浮かんできたのは、「個」の店舗ということだ。人とテクノロジーを駆使して、「個」の体験、「個」と「個」のインタラクションに徹底した焦点をあてたストア。最近、私は、「ウェブ時代に、店舗はどう変わるのか」という疑問をもって、商品カテゴリーや業態を問わず、日米様々な店舗を観察して回っているのだが、共通の傾向として目に着き始めているのが、「個」の店舗、ということなのである。
例えば、ナイキ原宿では、ショッパーが実際にランニングをしながら、自分にあった一足を選べるという「RUNNER’S STUDIO」や、シューズやバッグなど、カスタムメイドの商品をデザインできる「NIKEiD STUDIO」、ありとあらゆるフットボール・グッズを取り揃え、刺繍や名前のプリントまでしてくれるという「NIKE BOOTROOM」など、お客様の「個」と向き合う仕掛けを満載している。しかも、各階には、顧客のいろいろな相談に乗ってくれる専任コンサルタントがいるという。言葉はやや古臭いかもしれないが、まさに、「ハイテック、ハイタッチ」のコンセプトを絵に描いたようなストアなのである。
同様なコンセプトは、業界や業種の垣根を越えて、様々な形で具現化されている。例えば、『「打倒スタバ」を目論む「個」の戦略(2009年10月6日付け)』で紹介した、インテリゲンツィア・コーヒー・アンド・ティー(ロサンゼルス)は、顧客とバリスタの「個」の触れ合いを付加価値として位置付けたコーヒー・ショップだ。ここでは、各バリスタが担当カウンターをもち、顧客一人ひとりを個別に接客する。顧客の好みやムードなどを聞きながら、ドリンクやお菓子などを薦めてくれるのだ。
また、つい最近、日本では、ユニクロ(ジーユー)やイオンがジーンズを巡って熾烈な価格競争を繰り広げているようだが、その一方で、アメリカではフルカスタムのジーンズ・ショップなどもお目見えしている。生地や型、ポケットの形などディテールが選べ、ぴったりと自分の身体にあったジーンズを仕立ててくれる。気になるお値段は400ドルくらいだ。
仕立て屋さんだったら、昔からあった、という人もいるかもしれない。だが、元来、アメリカにおけるジーンズの位置づけは、「ワーク・ウェア(労働の服)」である。仕立てとは無縁であるはずのものなのだが、そこを逆手にとって、差別化を図っている、というところが面白いと、私には思える。
ネット初期の90年代後半から2000年にかけて、「ワン・トゥー・ワン」という言葉が流行った。ネット・ショッピングは、ショッパーの「個」とウェブサイトが一対一で向き合う仕組み。その特徴を活かして、顧客の望みの仕様に合わせて商品をカスタマイズするというビジネス・モデルやサービスが続々登場した。前述のNIKEiDも、もとはといえばウェブサイトにおいて先行したカスタマイズのサービス。その他にも、プロクター・アンド・ギャンブルがかつて展開した化粧品のカスタマイズ・サイト、Reflect.comなど、「マス・カスタマイゼーション」をキーワードとしたウェブ・ビジネスの例は挙げ始めたらきりがない。
興味深いのは、「ウェブ」が当たり前になった世の中で店舗が変革していくにあたって、ひところはウェブの利点を活用したサービスだと思われていた「カスタマイズ」=「個」に対応するサービスが、新しい時代に向かう店舗の存在意義として取り入れられ、研ぎ澄まされる傾向にあるということだ。
ただし、ウェブにおける「カスタマイズ」と、店舗における「カスタマイズ」の決定的な相違は、「人と人」の触れ合いの有無である。ハイテク化、自動化が進んで、いわゆる「労働力」を人の力に頼るところが少なくなった今、感性や創造力、機転など、「人にしかない」力をフル活用し、顧客の感動を創造することが店舗に求められている。
私の目が捉える限りでいっても、今日の店舗の傾向は、「ハイパー・カスタマイゼーション(「個」対応の徹底)」であり、「ハイパー・ローカライゼーション(地域対応の徹底)」である。ナイキ原宿とインテリゲンツィア・コーヒー・アンド・ティーに共通しているもうひとつの要素は、コミュニティ(仲間)意識の育成だともいえよう。ナイキ原宿は、「女性オンリーのランニング・イベント」など、スポーツ志向のライフスタイルとロケーションを意識したコミュニティ・イベントの数々を展開していく予定だという。この点も、コーヒーにこだわりをもつオーディエンスを対象に、バリスタ・クラスやテイスティング・イベント、焙煎所ツアーなどを企画、運営しているインテリゲンツィア・コーヒー・アンド・ティーと狙いを同じくする。
ただ単に、「物を買う」、「サービスを消費する」というだけではなく、そこにワクワク感や、感動や、人のあたたかみがあったほうが良いに決まっている。マウスのクリックひとつで、あるいは、ケータイのボタンひとつで、いつでもどこにいても物が買えてしまうという「便宜性」自体がコモディティ化している時代に、「店に来てもらう」ことの必然性を求めて店舗が変わりはじめた。コンサルタントという職業的興味からだけではなく、買い物好きの私としては、生活者にとっても楽しい時代になってきたと感じる今日このごろである。