設立9年目の、コア・バリュー刷新: 評価額3兆円のベンチャー企業、エアビーアンドビー訪問記②

設立9年目の、コア・バリュー刷新

「実は、先週、新しいコア・バリューを発表したばかりなのですよ」
会議室のテーブルに着くなり、同社の戦略アドバイザー、チップ・コンリーさんがそう切り出しました。

それまで、エアビーアンドビー(Airbnb)には六つのコア・バリューがありました。それを見直して、四つに絞り込んだというのです。私は、長年、企業が、どのようなプロセスでコア・バリューを定義し、浸透させていくか、その研究に携わり、多くの企業の事例を見てきました。ですから、エアビーアンドビーでの「刷新」の背景にとても興味をそそられました。

エアビーアンドビー本社、ダイナサーチ撮影

ザッポス(Zappos)のトニー・シェイが言うように、コア・バリューは人間の「人格」みたいなもので、ころころ変わるようなものでもないのですが、それでも、会社が変化・成長していくにつれて現状とマッチしないバリューが出てきたり、優先順位が変化したりすることがあります。

過去に見た例としては、25のコア・バリューが定められていたところを、類似するものをまとめたり、重要性を考慮して削除したりして、6個に絞り込んだ会社があります。どう考えてもさすがに25は多すぎるので、長年をかけて、コア・バリューを「試験運転」しながら、何が大切なのか、どのバリューが自分の会社「らしい」のか、じっくりと見極めていった例でしょう。

先に述べたように、複数の類似しているコア・バリューをひとつにまとめたり・・・という整理整頓の仕方がよく用いられますが、エアビーアンドビーの場合、6個あったうちの2つを削除したということでした。

 

「到達可能」なのか、「あこがれ」なのか

これまで、エアビーアンドビーが掲げてきた6つのコア・バリューとは、以下のようなものです。

■ ホストであれ-すべての人が「ここが自分の居場所だ」と実感できるように、そのニーズを満たそう
■ 使命の実現に向けて率先して働こう
■ 細部に注意を払おう
■ 起業家であれ-創意工夫で急場を切り抜けよう
■ シンプルに
■ サプライズを楽しもう

「この6つから、『細部に注意を払おう』と『シンプルに』の二つを削除しました。論点になったのは、「到達可能なもの」なのか、それとも単に「あこがれ」なのか、ということです。最終的に、エアビーアンドビーでは、コア・バリューは「到達可能なもの)」であるべきだと判断しました」

到達可能か、それとも「あこがれ」なのか。なるほど。コア・バリューを定義するうえで、極めて重要な考慮点だと思います。

コア・バリュー経営の要は「実践」です。少なくともアメリカの企業経営において「コア・バリュー」は新しいコンセプトではなく、かなり昔から「コア・バリュー」を定めている企業はたくさんありました。しかし、「コア・バリュー」を持っていれば「コア・バリュー経営」かというとそうではありません。会社の大多数が、日々、コア・バリューを「実践」することで、意図する戦略的な企業文化が構築されます。コア・バリューの「実践」がなくては、「コア・バリュー経営」とはいえません。

「『細部に注意を払おう』や『シンプルに』は、もともとデザイナーである創設者のブライアン・チェスキーとジョー・ゲッビアにとって非常に思い入れの深いものでした。しかし、スタートアップの会社とは本質的に、新しいことを躊躇なくどんどん試してみたり、理路整然としていなくてもそれを良しとしたり、「実験」や「混沌」を受け容れるようなところがあります。『細部に注意を払おう』と『シンプルに』といったコア・バリューが、『起業家であれ=創意工夫で急場を切り抜けよう』や『サプライズを楽しもう』といった他のコア・バリューと真っ向から衝突するものなのではないか、という疑問が生まれたのです」

 

創設者の「分身」から、「みんなでつくる」会社へ

そう。エアビーアンドビーの創設者であるブライアン・チェスキーとジョー・ゲッビアはデザイナー畑の人でした。「細部に注意を払う」は両氏が敬愛するディズニーから、「シンプルに」はアップルからインスピレーションを得たコア・バリューであったといいます。

設立当初は、会社は創設者自身のいわば「分身」であり「子供」のようなものです。しかし、会社が成長するにつれて、創設者の「所有物」から、会社に属する人全員が力を合わせて育てていくものへ、という「移行」を遂げなくてはなりません。これは、社員の「オーナー意識」を育てるためにも絶対に必要なことです。

エアビーアンドビーでは、社員を対象に、コア・バリューの「実践度」を測る意識調査を定期的に行っているといいます。その意識調査を見ても、「細部に注意を払う」や「シンプルに」は最も得点の低い部類に属しました。「得点の低い=できていない」コア・バリューを削除することが、「できていないからやめる」という間違ったメッセージを社員に伝えることにならないか、というジレンマもあったそうです。しかし最終的には、エアビーアンドビーという会社が置かれているステージや取り組んでいる事業の本質から見た優先順位の問題となり、「コア・バリュー同士が足を引っ張り合うようなことがあってはならない」という結論になったそうです。

 

コア・バリューの「数」の見極め

絞り込みにおいてはコア・バリュー全体の「数」も争点になったそうです。別の調査で社員にコア・バリューを暗唱してもらったところ、6つすべてを暗唱できた人はほとんどなく、結果として削除された「細部に注意を払う」と「シンプルに」が最も忘れられやすいコア・バリューだったそうです。日本のように生真面目な気質の文化だと、日々唱和したり、テストがあったり、ということがあるので「忘れる」ということはないのかもしれませんが、人間、日々気を配れることの数は限られています。コア・バリューを定めようとすると、つい「あれもこれも」と欲張りがちですが、あくまで「コア(中核となる)」バリューですから、数ある「大切なこと」の中から、どれが「絶対に譲れない」ことなのか見極めることが非常に重要だと思います。コア・バリューを定める会社が留意すべき点です。

筆者石塚しのぶ、エアビーアンドビー本社にて

結果的に、絞り込みのプロセスを経て新たに発表されたのは「ホストであれ」「使命の実現に向けて率先して動こう」「起業家であれ」「サプライズを楽しもう」の4つです。刷新されたコア・バリューで新しいスタートを切ったエアビーアンドビーですが、組織が大きくなり、世代の交代が行われると、どんな企業でも文化の「希薄化」が起こりがちです。そんな「中だるみ現象」を避け、社員一人ひとりが率先して文化を育成する環境づくり、について聞いてみました。
(次回につづく)