なぜスタートアップは企業文化を重視するのか

企業文化を最優先に考える米スタートアップの経営者たち

もう1年以上前のことになりますが、『コンシャス・キャピタリズム(意識の高い資本主義)』のカンファレンスで、シリコンバレーで活躍する銀行家/コンサルタントと話をしたことがあります。その時、最も印象に残ったことは、「昨今では、シリコンバレーの投資家は、『確固たる企業文化を定義し、その育成に注力している』ことを、スタートアップへの投資条件として優先的に考えている」という彼の言葉でした。

これは、今年2月に訪日を果たし、著書『ゼロ・トゥー・ワン』が世界的なベストセラーにもなっているシリコンバレーの投資家、ピーター・ティールの発言とも重なるところがあります。空き部屋シェアサイト、Airbnb(エアビーアンドビー)の創設者、ブライアン・チェスキーがティールにアドバイスを求めたところ、「Don’t F*ck Up the Culture(企業文化をぶち壊すな)」と答えたというのは有名な話です。

2015年のアメリカにおいて、スタートアップがこれほどまでに企業文化を重要視し、経営者がその育成を最優先に考えている理由は何でしょう。私なりに数点まとめてみました。

 

リーマンショック脱却のカギになった戦略的企業文化

まず、米国ビジネス界、近年の歴史的背景から。2008年にアメリカ、そして世界を襲った「リーマンショック」の中で、そのダメージを最小限に抑え、力強い巻き返しを図った企業の例を見ると、その根底には戦略的な企業文化があった、という事実があります。例えばサウスウエスト航空、トレーダージョーズ、パタゴニア・・・、そして、アメリカに無数と存在する、比較的無名、しかし偉大な中小企業の例を見てみると、企業文化が求心力、信頼の礎となり、組織を急場から救ったことが浮き彫りになってきます。

堅固な企業文化をもつ企業、トレーダージョーズ、パタゴニア、サウスウェスト航空

そもそも、リーマンショックを引き起こした病根ともいえる、行き過ぎた拝金主義、そして「成長のためなら何を犠牲にしても・・・」という崩壊した価値観をもったこれまでの資本主義への反省から、より「人」や「地球」に優しい、人道的なビジネスの在り方が求められてきているともいえます。特に、昨今の若い経営者は、ただ起業してお金を儲けるということではなく、「起業」を通して、「会社の新しいあり方」「新しい働き方」の創造という、より高い志を全うすることを目指しているように思えます。

 

企業文化の共有で、同じ目標に向かうエネルギーが湧く

それでは、「なぜ、特に、スタートアップにとって企業文化が重要なのか」ということに焦点を向けると、スタートアップに要求される「エネルギー」と「スピード」が頭に浮かびます。スタートアップは「ゼロ」からの創造ですから、それにはとてつもないエネルギーが必要なのです。従来の常識を打破し、次から次へとハードルを乗り越え、競合に先んじていくためには、かつて、ザッポス社CEOのトニー・シェイが「机の下で寝る」と表現したように、昼夜を通して働くことも要求されます。そのためには、ただの「仕事」という枠組みを超えた「情熱」や「目的意識」、「価値観」の共有が必要不可欠になるのです。

ザッポス本社社屋より

 

企業文化で社員の自律を図れば、スピードも倍増する

また、世の中の誰よりも速く「こと」を起こし、市場のめまぐるしい変化に対処していく「スピード」が必要になりますが、そのためには、組織の中の個人が自律して動けることが要求されます。これを可能にするのが、企業文化の基盤となる「共通の価値観(コア・バリュー)」です。組織の大多数が価値観を共有していれば、そこに「信頼」が生まれます。もはや、規則で縛る必要もなくなる。逐一、上司の許可や承認を得てから動く、という時間のロスもなくなるわけです。(参照:コアバリュー経営

 

急変する市場に勝ち抜く創造力/革新力の源は企業文化

そして、最後に、ビジネスに携わっている人なら皆実感していると思いますが、近年の市場の変化はすさまじいものです。日々、新しい商品・サービスやテクノロジーが生まれ、古いものは消えていきます。これも、ザッポス社のトニー・シェイが言ったことですが、ザッポスのビジネスはいずれは「靴のネット販売」ではなくなる。前述のAirbnbのブライアン・チェスキーも同じようなことを言っています。Airbnbのビジネスはいつか、「空き部屋のマーケットプレイス」ではなくなるかもしれない。それどころではなく、「ウェブサイト」を通して商品やサービスを売買する、というビジネス自体が時代遅れになるかもしれない。「十年先もずっと、同じビジネスを営んでいく」というメンタリティでは生き残っていけない時代なのです。

そんな時代において、企業にとっての究極の売り物/コア・コンピタンスとは何か、というと、「創造力」や「革新力」ということになってくると思います。そして、組織的な「創造力」や「革新力」の源にあるのが、「企業文化」であり、「共通の価値観」です。個々の働き手の「創造力」や「革新力」を解き放ち、奨励する「企業文化」さえあれば、いつの時代にも、どんな状況にあっても、常に生活者の支持を得る、新しい商品やサービスを生み出すことができます。これらこそが、スタートアップに限らず、今日、すべての企業にとって企業文化が重要であり、経営者やリーダーが企業文化を最優先と考え、身を入れて取り組んでいかねばならない理由なのです。