スモール・ジャイアンツ訪問記①:アメリカで最も心理的に健康な職場

近年、「最も働きたい会社」、「最も急速に成長している会社」などの上位にランクインし、米ビジネス界の熱い注目を浴びている小・中規模企業の団体があります。

その名も、「スモール・ジャイアンツ」。「大きくなる」ことではなく、「偉大な会社になる」ことを目指し、各々が独自に編み出した経営ノウハウの共有などを行っています。

売上成長や市場シェアの拡大ではなく、「社会にどれだけ貢献できるか」を最優先に掲げ、意義ある会社をつくることに徹底的にこだわる「スモール・ジャイアンツ」。面白いことに、これらの会社が顧客からの絶大なる支持を集め、急成長しているのです。

小・中規模企業こそが国家経済のエンジンであることは日米いずれにも共通する事実です。私が代表を務めるダイナ・サーチでは、日本の小・中規模企業を盛り立てたい、そしてひいては、日本のビジネス界をより元気にしたい、という願いのもと、自らもこの「スモール・ジャイアンツ」に属し、アメリカの優れた経営者との交流を通して学び、その学びを日本の皆さんにもお伝えしていくという活動を行っています。

9月の半ばに、シカゴ地域にあるスモール・ジャイアンツ企業をいつくか訪問し、自らの目と耳でそのパワーを体感し、じっくり学んできました。その際に特に印象に残ったこと、私なりの洞察を今日からシリーズでお伝えしていきます。

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シカゴから北西に30分ほど車を走らせた郊外の町、アメリカ最大の産業パークの真っ只中に、そのオフィスはあります。

工業地帯によくある、地味そのものの平屋のオフィスビル。ガラス扉をくぐると、真っ先に目に入るのは棚の上にずらりと並べられたトロフィーや表彰状の数々です。その中でも最も誇りにしているのは、全米心理学協会の選出による「アメリカで最も心理的に健康な職場」という賞だとオーナーのトムさんは話してくれました。

「最も心理的に健康な職場」なんて、なんだか耳慣れないタイトルですが、きっと、従業員が皆ハッピーに、ストレスを感じることなく働ける職場、ということなのでしょうか。

トムさんの会社は年商800万ドル、従業員100名程度のケータリングの会社。「スモール・ジャイアンツ」と呼ばれ、「規模(売上)」ではなく「偉大さ(世の中に対する価値創造)」を追求することをモットーにした小・中規模企業のグループに属しています。

この会社を「アメリカで最も心理的に健康な職場」たらしめるエッセンスとは何なのか。オフィスを訪問して、働く人たちの様子を観察したり、トムさんのお話を聴いたりして、その中核に迫ってみました。

エッセンスその1:個人の尊厳
「わが社では、役職や職種に関わらず、皆が『倫理』について入社時に学ぶためのクラスを設けているのですよ」

トムさんの言葉に、少なからず驚かされました。普通の会社で入社時の研修というと、マナー研修や実務に根ざした研修という印象がありますが、彼の会社では、入社してまず学ぶことが「倫理的な行動とは何か」ということだというのです。経理の人もマーケティング担当者も、調理人もドライバーも皆、このトピックについて例外なく学びます。

「倫理的な行動とは・・・?」
・真実を語る
・他者のプライバシーを守る
・他者に肉体的、心理的、金銭的、社会的損傷を負わせない
・約束を守る

会社の一員として働く限り、皆、これらの基本原則に従って行動する義務があると徹底的に教え込まれます。結果として、これらの原則に則って各人の権利が守られ、安全な職場環境が築かれているということです。

エッセンスその2:規律に基づく自由
「厨房でのスタッフの『働き方』に注目してみてください」

見学前にトムさんに言われたことを念頭に、サラダの担当エリアからサンドイッチのエリア、ベーカリー、食器洗いのステーションなど、そばを通りかかる私たちに笑顔で手を振ってくれるスタッフの人たちに挨拶をしながら、厨房の中を歩き回ります。

そこで気がついたのは、厨房の中が実に「静か」だということでした。

「普通の厨房にはあれこれと指示をする人がいるでしょう。でもうちの会社には『監督者』はいないのです。各自がやるべきことをわきまえた上で、価値観や原則に基づいて自分なりの判断を下します。皆が黙々と、かつ、てきぱきと仕事をこなしているのはそういうわけなのです」

黙って仕事をしているからといって、職場の空気が悪いわけでは決してありません。トムさんの会社の人たちは皆仲が良くて、ニコニコ微笑みながら仕事をしていますし、ボスであるトムさんの姿を見て急に姿勢を正したり、仕事の手を早めたりなどというようなことも見られません。

ただ、「指示に従っている」のではなく、「自分で判断して仕事をしている」、「任されている」という誇りや自信が、「心理的に健康な職場」の育成につながっているのだと思いました。

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ダイナ・サーチでは、過去数年において、ザッポス、パタゴニアなどの優良企業が実践しているユニークな経営戦略を研究し、会社組織内における「価値観の共有」を軸とした新しい経営のかたちとして「コア・バリュー経営」を手法としてまとめ、提唱してきました。これらの大きな企業に比べて、小・中規模企業の取り組みがスポットライトを浴びることはごく稀ですが、アメリカには、大企業の経営者も顔負けの先進的な経営を行って成果を上げている小・中規模企業経営者が数多く存在します。

我々が提唱する「コア・バリュー経営」に同じく、スモール・ジャイアンツの経営者たちは、皆、コア・パーパス(何のために、会社が存在するのか、その意義)やコア・バリュー(組織内で共有される価値観)を明確に定め、それらを基盤として従業員の心を束ね、顧客を幸せにし世の中を豊かにする会社をつくっています。

高度なテクノロジーを導入したり、莫大なお金をかけたりするのではない、考え方ひとつ、日々の行動ひとつの積み重ねで会社が変わっていく経営の仕方を、これからもスモール・ジャイアンツから学んでいきたいものです。