アップルストアの生みの親が老舗デパート再建に本腰

日本の皆さんには今ひとつ馴染みが薄いかもしれませんが、アメリカにはJ.C.ペニーという老舗デパートがあります。創業1913年で、1928年には既に全米で1,000店舗を運営していました。40年代にはあのウォルマートの創設者であるサム・ウォルトンが小売の経験を積んだお店でもあります。

かつては一世を風靡したJ.C.ペニーですが、店の雰囲気といえ、品揃えといえ、近年ではまったく冴えない存在になってしまいました。多少辛辣な言い方をすれば、「デパート」とは名ばかりの安売りの店になってしまったといってもよいでしょう。

JCペニーの外観

そのJ.C.ペニーの最高経営責任者にロン・ジョンソンが就任したのは昨年6月のことです。ロン・ジョンソンといえば、アップルストアの生みの親であり、アメリカ小売業の「グールー(導師)」とまで称される人です。そのジョンソンが、J.C.ペニー再建の最後の切り札として、「デパート」という概念を根底から破壊し、その店舗の一新を図る、という発表を行い、アメリカの小売業界に波紋を呼んでいます。

ロン・ジョンソンと彼のアップルにおける功績については、私が今年4月にコラボ・セミナーを行うチップ・コンリー氏の著書『PEAK』にも書いてありますが、彼はアップルストアのコンセプトづくりに「PEAK経営」を応用し、「お客様自身もはっきりとは認識していないニーズ」に応えることを目指して、ジーニアス・バーのような画期的なサービス・モデルを創り出したといいます。

その彼らしく、ジョンソン氏がJ.C.ペニーの最高経営責任者に就任して真っ先にやったことは、一顧客としてJ.C.ペニーのメール配信リストに登録することだったとか。あくまで、「お客様の視点からビジネスを見る」ということをモットーとしているんですね、このジョンソンという人は。

そして気づいたのは、毎日のように、そしてひどい時には一日のうちに数回もやってくるメールの嵐。それもすべてが安売り情報ばかりです。皆さんも身に覚えがあると思いますが、今どきは誰でも「ジャンク・メール(「がらくたメール」という意味で、迷惑メールのこと)」に飽き飽きしています。宣伝のメールには目を通さない人も多いですし、あまり頻繁にメールされると、それだけで悪印象をもってしまうことも少なくありません。

再建への試みのひとつとして、ジョンソンはこのJ.C.ペニーの「安売り体質」にメスを入れることを発表しました。現状、J.C.ペニーではなんと全商品の3分の2が常に50%かそれ以上のディスカウントで売られているというのですが、一時的な目玉として提供される「バーゲン・セール」をやめ、その代わり商品の店頭価格を軒並み40%程度引き下げることを決定しました。

アメリカでは年々「デパート」という業態が振るわなくなり、業績の停滞を見せています。それでも、ニーマン・マーカスなど高級感を売りにしたところはまだ良いのですが、一番苦しいのは、J.C.ペニーなどかつて「庶民のデパート」として親しまれてきたお店でしょう。これらの店はデパートならではの高級感やイベント性に欠ける反面、価格や品揃えではウォルマートやターゲットなどの量販店に及ばない、という実に中途半端な存在になってしまっています。

「優れた立地、莫大なマーケティング予算、広々とした売場など、デパートは競争に有利な条件をすべて備えている。零落してしまったのは、何かが根本的に間違っているから」というのはジョンソン氏の談。先に述べた価格戦略のほかにも、デパートの中を魅力的なブランドのミニ・ショップをテナントとして取り揃えた市場のようにする、また、顧客が集い、くつろいだり、催しものを楽しんだりできる「タウンスクエア(街の広場)」をフロアの中央に設けるなどといった作戦を打ち出しています。

個人的には、シアーズやJ.C.ペニーなど規模の巨大な老舗リテーラーにとっては、「すでに遅し」という気がしないでもないのですが、この「小売業の導師」がどのような魔術を見せてくれるのか非常に楽しみです。普段はJ.C.ペニーとは縁遠い私ですが、近々ひとつ覗きにいってこようかと思っています。