社員や顧客の力を原動力にする「新しいEコマース」の波

今から10年以上前、90年代の半ばから後半にかけて、「Eコマース」という言葉が流行りました。ネットという新しい媒体の出現に伴う「電子商取引」の始まりでした。私も、「Eコマース」というテーマで、あちこちで講演をしたり、記事を寄稿したりしましたが、そのうち、「ネットで売買する」などということがもうあたり前になって、「Eコマース」という言葉はあまり目新しくなくなりました。

しかし、21世紀の最初の10年間が幕を閉じた今、新しい「Eコマース」の波が押し寄せているような気がします。でも、この「E」は「電子」の「E」ではありません。「感情(Emotion)」の「E」です。

90年代後半に普及が始まった「電子商取引」としての「Eコマース」では、「効率の良さ」が主な価値提案として考えられていたと思います。ネットで商品を売れば、不動産(店舗)も人(店員)も要らない。だから低コストに抑えられる、ということが利点として挙げられていたと思います。

しかし、ネットでの売買があたり前になった今日、興味深いことが起こっています。アメリカで、今、注目を浴びているビジネス、生活者の支持を集めているビジネスは、私が、「ヒト主導型」と呼ぶビジネスです。価値提案の中核を、社員や顧客といった「ヒト」であると意識的に位置づけ、「ヒト」の力を主要な原動力としているビジネスです。

私が2008年から研究を続けている「ザッポス」という会社もその一例。ザッポスはネットで靴やアパレルなどの商品を販売している会社ですが、「サービス」が自分たちのほんとうの売り物であると定義して、顧客と接するコンタクトセンターを会社の心臓部に位置付けています。年中無休の24時間体制でコンタクトセンターを運営し、オペレーターが従うべきスクリプトもマニュアルもなければ、顧客対応に費やす時間に制限もありません。

ずいぶんお金のかかる話だ、と眉をひそめる人もいるかもしれませんが、ザッポスでは、顧客と社員が「人と人」として触れ合うこと、そしてそこから生まれる感動やストーリーこそが「売り物」であると考え、事業を運営する中で最も重要なことだと考えているのです。だから、そこに投資することは「ムダ」ではなく、むしろ必然なのです。

昔は「店舗」といえば、お店の人とお客さんとの触れ合いが売り物でした。でも、今、アメリカの店舗小売業の顧客満足度は、年率10%という恐ろしい勢いで低下の一途を辿っています。なぜかというと、今時、店舗に行っても、欲しいと思うサービスが受けられないからです。質問をしても店員はものを知らないし、親切に案内してくれるわけでもない・・・。そこへ行くとネットのストアなら、情報も豊富だし、お客さん同士で情報交換しあったりできる。昔ながらの店舗は、「Eコマース」はEコマースでも、電子商取引ではなくて、感情商取引の面でネットのストアに負けてしまっているのです。

店舗業の中でもスーパーマーケット業界などは生活者の価値観の変化に非常に敏感で、次々に新しい業態を生み出しています。同業界で今、頭角を表しているのは、ハイタッチと感動体験に重きをおいた「ヒト主導型」企業ばかり。例えば、「トレーダー・ジョー」という店舗は、敏腕バイヤーが世界中から探してくる「掘り出し物」の商品力もさることながら、一人ひとりのお客様と親身に向き合う接客が魅力です。カゴの中の商品を吟味しつつ、美味しい調理法を教えてくれたり、類似商品を薦めてくれたり・・・。レジの周りにも会話の花が咲きます。

先日、私の会社のスタッフが子供を連れて近所のトレーダー・ジョーを訪れたところ、店員さんから、「お子さん、大きくなったわねえ」と声をかけられたといって感激していました。まるで、一昔前の個人商店を思わせる一場面。でも、トレーダー・ジョーがすごいのは、年商推定8,000億円の大型チェーンでありながら、店員と顧客のこんな触れ合いが可能な文化を維持しているということなのです。

「テクノロジー偏重主義」ではなく、テクノロジーをあくまでツールとして使うことで、人(顧客・社員)の力を味方につけ、コマース(商取引)の中の感動や面白さを創造することが、ビジネスの焦点になるべき時代が来ました。人を省くためではなく、人にしかない能力を活かすためのテクノロジー活用で、新しいEコマース(感情商取引)を切り拓くという課題が、これからの店舗業に与えられていると思います。