クラウド(雲)の中でお客様とつながる仕組み

最近、日経やその他のビジネス誌でも、「クラウド・コンピューティング」に関するニュースが毎日のように報じられている。しかし、それらのほとんどが、データセンターやストレージなど、IT寄りの話題だ。今日は、ITの世界だけではなく、一般のビジネス経営にも役立つ観点から、「市場のクラウド化」について見てみたい。

「市場のクラウド化」とは、顧客がクラウド(雲)の中に入ってしまって、企業の目には簡単には見えなくなってしまう、という話だ。

今日、ニュースで取り上げられている「クラウド・コンピューティング」は、企業(エンタープライズ・ユーザー)によるクラウド活用にばかり終始している。しかし、今時、クラウドを活用しているのは企業ばかりではない。一般の生活者も、無意識のうちにクラウドを日常的に活用し、その恩恵を享受している。今話題になっている「クラウド」のコンセプトは、我々の生活の欠かすことのできない一部になっている。

何も難しい話ではない。ブログもSNSも、Gメールも、いわゆるクラウド・サービスの一種である。商品やサービスの際に、顧客レビューを参考にしたことがある人がほとんどだろう。また、特にソフトウェアなどで、わからないことがある時に、ユーザー・フォーラムなどで質問をしたことのある人もあるかもしれない。これらすべては、「クラウド」の仕組みの上に成り立つものである。

米国では、「2012年までに、サービス関連のやり取りの65%がクラウドの中で行われるようになる」といわれている。これはつまり、商品やサービスに関する質問、苦情などが、企業が運営するコールセンターなどの窓口を介するのではなく、ブログやSNSや、フォーラムなどといった「クラウド」の中で、企業に無関係に行われるケースが半数以上を占めるようになる、ということだ。

そうすると、コールセンターで電話が鳴るのを待つ、という受身の顧客サービスのスタイルは通用しないことになる。上の数値を借りると、顧客の声の35%しか拾えない、ということになるからだ。だから、現在、アメリカでは、「いかにしてクラウドの中に入り、顧客とつながるか」ということが、企業の最優先課題として論じられるようになってきている。企業の大、小に関係なくである。

ビバリーヒルズに本店を置くカップケーキ専門店、スプリンクルズは、世界最大のSNS、フェイスブックを中核とするクラウド戦略で、ロイヤル・ファンの確保のみならず、顧客予備軍の育成に努めている。現在、カリフォルニア、アリゾナ、テキサスの三州でわずか五店舗を運営するばかりというのに、フェイスブックのページ上にはなんと8万人近くが「ファン」として登録している。

スプリンクルズといえば、「ハリウッド・セレブ御用達」の店として最初に火がついたが、その知名度を利用し今年4月からフェイスブックで活動開始。共同経営者のチャールズ・ネルソン氏は多い日で一日三十回もフェイスブックにアクセスするという。「SNSは顧客が企業に『話しかける』ことができる絶好の場」とはネルソン氏の談。

スプリンクルズでは、一日一回、フェイスブック上で「秘密の暗号」を公開し、それを覚えてきた顧客に、「先着〇名様限定」という形で日替わりカップケーキを無料進呈している。このように、実質的な集客を狙った活動もあるが、注目すべきなのは、五軒しかない店舗に対して、全世界に8万人の「ファン」がいるというミステリーだ。

フェイスブックの「ファン・ページ」には、「私の町にスプリンクルズを!」というラブコールが後を絶たない。こういった書き込みが、同社の出店戦略に有効活用されていることは疑いない。同社のサイトにも、「次なる出店地」を投票できるページがあるが、顧客の生の声を参考に組み立てられた候補地リストには東京もお目見えしている。

「クラウドの中に入る」にあたっては、大企業より、上に挙げたスプリンクルズのようなスモール・ビジネスの方がかえって踏み切り易いかもしれない。顧客の「個」に対応するためには、企業も「個」である必要があるが、大企業でこれを実践するには経営陣の相当の覚悟が要る。果たして、一社員にブランドを委ねることができるか。クラウドの中で発されるメッセージが、何もかも「公式声明」のようであっては、従来型の広告やPRとさほど変わらず面白みがない。あくまで、企業の顔としての「個」性の発揮を奨励する必要があるが、それには、共通の価値観を礎とした企業文化の浸透と、透明性の高い組織環境の育成が必要だ。

1,300人超の社員を抱える中堅企業でありながら、こいった「クラウド活動」をうまく実践している会社に、第一講でも紹介した「ザッポス」がある。ザッポスは、日本でも最近話題騒然のツイッターに500人近い社員が参加しているという、驚くべき会社だ。

ツイッターばかりではなく、ザッポスの足跡は、フェイスブック、ユーチューブをはじめ、クラウド上にまさに遍在している。その全貌をここで語ることはできないが、ザッポスがいかにして、社員の「個」の発揮を可能にしているのか、その秘密については、拙著「ザッポスの奇跡」を是非お読みいただきたい。