月刊『アイ・エム・プレス』Vol.196 : 戦略的企業文化: 実践へのロードマップ (後半)

本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(Vol.196, 2012-9)にて特集掲載されました弊社代表石塚の寄稿記事の一部です。以下に示した他の記事とあわせて是非ご覧ください。

戦略的企業文化に着手する前に現実を見極める

企業文化の構成要素「戦略的企業文化」を確立すれば、従業員が誇りをもち、自律・自立して働く、楽しくて生産性の高い職場ができる…。ここまで聞いて、「いざ」という気持ちになったのはいいですが、「では何から手をつけたらよいのか」という疑問を抱く人も多いでしょう。

「戦略的企業文化」を打ち立てる前に企業がまずやるべきことは、「現状の把握」です。現在、会社はどんな文化をもっているのか。その文化のもとで、うまくいっている点、あるいは問題点は何か。それを経営者やリーダーをはじめ、全スタッフがよく把握した上で理想像を描き、ギャップを埋めるために何をすべきかの戦略を構築する必要があります。

現状を把握する際によく理解しておかなくてはならないのは、企業文化の構成要素です。企業文化の構成要素、あるいは企業文化を定義するためのヒントは大きく分けて3つあります。

ひとつは「目に見えるもの(ビジュアル)」です。オフィス環境、壁の掲示、従業員の服装など、目に見えるものは企業文化を雄弁に物語ります。例えばザッポスのオフィスは、雑然としていると言っていいくらいにさまざまな物や色が混在しています。社員の机は各自の個性にあふれていて、壁の掲示からは「手づくり感」がじみ出ています。服装は極めて自由で、タトゥーをむき出しにしている人もざらにいます。これらの要素が、ザッポスの「楽しさとちょっと変わったこと」「オープン・マインド」「限りあるところから大きな成果」などの価値観を象徴していることは言うまでもありません。

企業文化の構成要素

また、もうひとつは、「成文化されたビジョンやミッション」です。従業員の間に浸透しているかどうかは別として、ビジョンやミッションには創業者の思いが凝縮されており、多くの場合、企業の社風の基盤をなすものです。企業文化の構成要素として最も明らかなものであり、無視できないものでもあります。

そして最後に、「社員の大多数が共有する暗黙の価値観」があります。これは、企業文化の診断をする際に極めて重要な地位を占めますが、特定が最も難しいものでもあります。「うちの会社のやり方」として無意識に認知されている信条やおきてなどを指しますが、明文化されているわけではないため、従業員自身も即答できないことが少なくありません。従って、従業員のアンケートやインタビューなどを通してあぶり出しを行う必要があります。

企業文化の現状を把握する上で、「従業員の声を聴く」ことは必須です。生の企業文化に直接触れ、その良いところや悪いところを肌で感じているのは従業員です。悲しいかな、経営側の視点と現場の視点とはかみ合わないことが多いものです。批判に対して過敏にならず、心をオープンにして従業員の声に耳を傾け、現実を見ることが必要だと言えるでしょう。

少し前に、インドのIT企業HCLテクノロジーズ社の社長兼CEO、ヴィニート・ナイアー氏の著書『社員を大切にする会社— 5万人と歩んだ企業変革のストーリー』を読みました。業績不振に陥った成熟企業を、「従業員第一主義」の企業文化革命を通して、グローバルIT企業をしのぐ高度成長企業へと転換させた事の顛末を詳しく述べた、衝撃的かつ示唆にあふれた本です。同書でナイアー氏は「ミラー・ミラー(鏡よ鏡)」というプロセスについて述べています。「ミラー・ミラー」とは、経営陣が真摯な姿勢で従業員と対話し、ともに真実を直視すること、そして、組織として変革の必要性を自覚することを指します。本の中では具体的な方法論も述べられていますが、方法論(「何をやったか」)より何より、最も重要なのは、ナイアー氏が「従業員の声を聴くこと」を最優先に考え、あらゆる策を講じて徹底的に取り組んだことです。その姿勢が従業員に対して、変革の必要性を何よりも強く訴えかけ、結果的に従業員の信頼と心からの賛同を勝ち得るに至ったのです。

従業員の声を聴くのに高度な技術や洗練されたプログラムは必要ありません。先に述べたように、アンケートやインタビューなどオーソドックスな方法で事が足ります。しかし最も重要なのは、経営陣が従業員の声を渇望していて、どんなに手厳しい批判にも耳を傾ける覚悟があること、また、従業員の声は時と場合によらずいつでも歓迎されるということを従業員に理解してもらうことです。つまり、従業員から信頼を得ること。これ抜きに、心からの協力を得ることはできません。そして、そういった高度な信頼を得るためには、社長やCEOをはじめトップ経営陣の地道な啓蒙活動も必要になります。現場に足を運び、日常の触れ合いを通して従業員の悩みや不満をキャッチしたり、従業員が誰でも自由に発言できる集会を設けて、自ら矢面に立つなどといった実践的行動が必要なのです。

誰のため、そして何のための会社なのか

従業員の声に耳を傾けて、現状を把握したら、次に、企業の「こうありたい姿」を定めて、現実とのギャップを埋めるプロセスや方策を考えていく。これが、戦略的企業文化に取り組む上での組織的なステップですが、会社の「こうありたい姿」を定める際に、まず取り組むべきことがあります。

それは、「誰のため、そして何のための会社なのか」、つまり、企業の存在意義(コア・パーパス)を定義するということです。

先ごろ、マサチューセッツ州ボストン近郊で行われたカンファレンスに出席した際に、世界最大のナチュラル・オーガニック・スーパー、ホール・フーズ・マーケットの創設者兼CEOジョン・マッキー氏の講演を聴く機会に恵まれました。その講演の中で同氏が述べた一言が、戦略的企業文化の真髄をついていると感じたのでここに特記しておきます。


「企業文化の出発点は会社の存在意義であるべきだ」

近年、アメリカのビジネス界においては、企業が企業理念とは異なるまた別のものとして、「存在意義」を定義することの重要性が論じられるようになってきています。プロクター・アンド・ギャンブルの元グローバル・マーケティング・オフィサー、ジム・ステンゲル氏やパタゴニア社創設者イヴォン・シュイナード氏などが昨年末から今年にかけてこのテーマを扱った著作を発表しています。

それぞれ表現は異なるものの、共通しているのは、「企業とは社会のために価値を創造する組織である」という考え方です。過去には利益主導の資本主義を追求するあまり、あたかも「企業は投資家のためにある」といわんばかりの経営を推進する企業もありました。しかし、リーマン・ショック後のアメリカでは、過去の過ちに学んだ新しい資本主義の形が模索されています。

そこで注目を浴びているのが、「コンシャス・キャピタリズム(高い社会意識をもった資本主義)」を実践する企業群です。前述のホール・フーズ・マーケット、「収納」というテーマで独自の小売フォーマットを展開するコンテイナー・ストア、日本の皆さんに馴染みのある企業ではスターバックス、パタゴニア、ザッポスなどがその代表格と言えます。

「コンシャス・キャピタリズム」では、企業を「ステークホルダーのもの」と定義付けます。この「ステークホルダー」とは、従業員、顧客、取引先、投資家、社会(環境)をすべて包括するものです。そして、企業の事業活動とは、すべてのステークホルダーに対して価値を創造することを究極の目的としているという考え方です。ですから、会社の存在意義は社会に対して価値を生むものであり、社会から支援されるものでなくてはなりません。そして、働く人の心を奮い立たせるものでなくてはならないのです。

会社の存在意義に関して最も明確な軌道修正を行った例にザッポスがあります。ザッポスの設立当初の企業使命は「世界最大の靴のネット・ショップになること」でした。しかしその後さまざまな試行錯誤を経て、今日では、「Delivering Happiness(幸せを届ける)」を存在意義に掲げています。

かつての企業使命というのは、多くの場合、企業主体の利己的な目的に基づくものでした。例えば、「世界最大の靴のネット・ショップになる」ことは、社会に対しては何の価値ももたらしません。また、従業員の心を奮い立たせるようなものでもありません(「一番になる」という野心以外には)。それに比べて、「幸せを届ける」という存在意義は、社会に応援され、従業員に働きがいを与えうるものです。

会社の存在意義をどう考えるかは人それぞれでしょう。ちなみに、ホール・フーズ・マーケットのジョン・マッキー氏は「奉仕」「英知の追及」「美の追求」「社会変革」の4要素からなるフレームワークを挙げ、サウスウエスト航空(奉仕)、グーグル(英知の追求)、アップル(美の追求)、パタゴニア(社会変革)を代表格として紹介しています。

「社会意識の高い生活者」が主流化する今日の市場においては、「社会意識の高い企業」でなければ生活者の欲求に応えることはできません。ジョン・マッキー氏の言葉を借りれば、「今こそ、企業活動に関する概念を『利益最大化』から『意義最大化』の追求へと転換しなくてはならない」のです。戦略的企業文化の構築は揺るぎない信念とコミットメントを要する長期的なプロセスですが、その長い旅路の第一歩を踏み出すために、まず、「誰のため、そして、何のための会社なのか」を自問自答することから始めていただきたいと思います。

本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(Vol.196, 2012-9)にて特集掲載されました弊社代表石塚の寄稿記事の一部です。以下に示した他の記事とあわせて是非ご覧ください。