月刊『アイ・エム・プレス』Vol.196 : 戦略的企業文化: 実践へのロードマップ (前半)

本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(Vol.196, 2012-9)にて特集掲載されました弊社代表石塚の寄稿記事の一部です。以下に示した他の記事とあわせて是非ご覧ください。

今、企業に求められている戦略的企業文化とはどのようなものなのか。そしてそれは、どのようにして構築・実践できるのか。日米の企業研究、コンサルティングに携わり、『ザッポスの奇跡』(廣済堂出版)の著者でもある石塚氏が、戦略的企業文化実践の重要性と、その具体的方法、企業が陥りやすい落とし穴などを詳しく解説する。

「戦略的企業文化」は時代の要求

長期的な成長を維持する、あるいは不況時にも例外的な成長率を記録する企業には、やる気と活気にあふれ、高い志をもつ従業員がつきものです。ザッポス、サウスウエスト航空、ホール・フーズ・マーケット…。過去30年間にわたって、複数の業界・業種にまたがり米国優良企業を研究してきましたが、これらの企業の事例が立証していることがあります。それは、「経済状況や競争環境に左右されず、独自路線での成長を遂げる企業は皆、唯一無二の企業文化構築を最優先事項と考えている」ということです。

そして、今ほど、変化の荒波に耐え得る堅固な企業文化の構築が切迫した課題となっている時代はありません。工業経済時代に培われてきた経営の常識が崩れゆく時代だからこそ、トップの独断ですべてが動く「指令による制御型」の組織から、「ステークホルダー総動員型」の組織変革が必要とされているのです。

1914年に米・フォード社が導入した大量生産方式は、作業の細分化により各工程を簡素化・単純化し、作業員のスキルに依存しない仕組みを築き上げました。これは、働く人がベルトコンベアの速度に合わせて単純作業を繰り返し、時間と労力さえ提供すればいいという仕組みでした。

しかし、工業主体の経済が徐々にサービス経済、そして知識経済に移行するにつれて、この仕組みにゆがみが出てきました。サービスの現場を考えても、その「作業工程」はかつては工場の生産ラインを模したものでしたが、それでは不十分になってきました。サービスの現場での成果物は形あるモノではなく、顧客体験という無形のコトであるからです。さらに、サービスの生産活動においては、常に顧客という相手があります。顧客は不均一であり、予測不可能です。ですから、生産にかかわる従業員に臨機応変な対応や創造性が要求されます。工場の生産活動のように時間や労力だけを提供すればいいのではなく、知性や感性や個性を発揮することが求められるわけです。

会社の「長」に皆が従うという家父長制の組織も、企業文化のひとつの形であることは確かです。しかし、「戦略的企業文化」は、企業文化なら何でもよいというわけではなく、激変の時代に企業の競争力の源となる、ある意味特殊な企業文化を指します。本稿では、何をもってして「戦略的企業文化」と呼ぶのかを明確にした上で、その実践に着手する際に、経営者や企業リーダーがやるべきことを系統立てて説明していきます。

「戦略的企業文化」の5つの特徴

次に、戦略的企業文化の特徴として、5つの要素を挙げます。

戦略的企業文化構築5つの特徴

①企業文化の育成は今や、企業が生き残るための「必須条件」である

かつての企業文化は、経営において「あればなお良い」という程度の補助的要素であって、必須条件としてはとらえられていませんでした。しかし今後は、企業文化を構築し、維持できるか否かが企業の長期的繁栄を左右する決定的要因になります。

長い社歴をもつ老舗企業においても、企業文化が優位性維持の要因にもなれば、零落の原因にもなります。従業員満足、顧客満足、企業利益の因果関係を示した「サービス・プロフィット・チェーン」の提唱者でもあるジェームズ・へスケット教授は、過去20年間にわたり企業文化と業績の関連性に関する研究に従事してきました。同教授は、1992年と2011年に出版した著書の中でヒューレット・パッカード(以下HP)社とIBM社を取り上げていますが、1992年と2011年では両社の立場が逆転しています。先の本ではHPが勝ち組、IBMが負け組として語られていたのに対して、最新の本ではIBMが勝ち組、HPが負け組となっているのです。

この逆転の原因を、へスケット教授は企業文化に帰しています。HPもIBMも、もとより強固かつ独自の文化をもっていましたが、企業文化を意図的に守り育ててきたIBMは繁栄し、かたや、文化を野放しにしてきたHPは戦略的方向性まで見失ってしまったかのように見えます。

近年、アメリカでは、若い企業の中にも早期から企業文化の育成に計画的に取り組む企業が続々と登場してきました。ザッポスを筆頭として、グーグル、フェイスブックのようなテック企業、そしてエコを価値提案とした日用品の開発で知られるメソッドなど、業界・業種を問わず、創業初期から企業文化の育成に取り組んでいる企業が注目を浴びています。


②企業文化は戦略的に事業に合致したものでなくてはならない

企業文化は企業の事業内容にふさわしいものでなくてはなりません。より具体的に言えば、サービス・カンパニーにはそれにふさわしい「戦略的サービス文化」が、そしてIT企業や製造業には「戦略的イノベーション文化」があるべきだということです。

戦略を遂行するのは人。それも、突出した能力をもつ指揮官が1人いればよいということではなく、共通の目標に向けて、多くの人の意思が統一され、組織化されていることが必要です。どんなに優れた戦略を考案しても、それを遂行し得る環境、すなわち企業文化がなければ始まりません。


③企業文化は会社の組織統括の土台(プラットフォーム)となるものである

IBMでは、企業経営者が直面する重要課題を把握するため、2年に一度、世界の最高経営責任者(CEO)を対象とした意識調査を行っています。今年、世界64カ国のCEO1,709人を対象に行った意識調査結果では、高い収益性と成長率を記録している「高業績企業」のCEOが注力している取り組みのひとつとして次のことがハイライトされていました。


「価値観の共有を通じて従業員に権限を委譲する」

市場は目まぐるしく変化しています。同様の文章を2008年に出版した著書にも書いた覚えがありますが、今日の市場変化のスピードは、当時の2倍かそれ以上になっていることは間違いありません。

「オープン、透明、協業」の3つのキーワードによって象徴される今日のビジネス環境は、企業組織の刷新を余儀なくしています。「高業績企業」のCEOが目指す、「従業員がオープンに意見を述べ、率先して行動し、同僚や顧客、社外のパートナーと協業してイノベーションを起こす」組織体制は現行のものとは到底相容れず、いわば企業の体質を変えるという根本的な変革が必要になると考えています。

ソーシャル・テクノロジー分野では米国随一のコンサルタント、シャーリーン・リー氏の著書『フェイスブック時代のオープン企業戦略』にもあるように、「オープンな会社」をうたうことはたやすくても、その実践はやさしいものではありません。昨今、「ソーシャル・メディア戦略」が盛んに取り沙汰されており、その道のコンサルタントもちらほら出現していますが、ソーシャル・メディアを御すか否かはテクノロジーの問題ではなく、組織体制の問題であり、ひいては企業文化の問題であると思います。

ソーシャルメディアの活用は企業にオープン化を迫りますが、FacebookやTwitterを利用したからといって企業がオープンになるわけではありません。オープンな体制が基盤にない限り、ソーシャルメディアに着手しても失敗に終わるのは確実です。米国の調査にもありますが、フォーチュン500企業のFacebookページやTwitterアカウントの多くが実質的に活動していないのは、「ソーシャルメディア」という流行語に乗せられ手をつけてみたのはいいが、これらのメディアが強いるオープン化に経営陣が抵抗を示すばかりに実用が頓挫してしまったという典型的な例でしょう。

現場への権限委譲もオープン化と同様のジレンマを抱えています。コンタクトセンターを運営する企業の人とザッポスについて話すことがありますが、よくあるのは「現場に自由にやらせたいのはやまやまですが、現実はそんなに簡単ではないのですよ」という反応です。この「理屈はわかるが、現実は簡単でない」という言葉の裏にあるのは、「権限委譲」や「オープン化」に伴うリスクです。ビジネスの重要なひとつの側面が「リスク管理」であることは否めません。そしてこれまでの企業は、規則や命令を通して「リスク管理」を行ってきました。

企業にとってオープン化や権限委譲の前提条件は、組織としての価値観の統一と共有です。企業という単体として、「こうあるべき」という像を掲げ、それに基づく意思決定を徹底する。それは、親が子どもを育てるのに似ています。親は子どもに「こうあるべき」という価値観を語って聞かせ、自らの行動をもってお手本を示そうとします。そして、親の目を離れたところで、子どもが教えられた価値観に沿って考え、判断し、適切に振舞うことを祈るばかりです。「指令による制御」から「自律・自立の組織」へと変革するためには、価値観の共有という新しいリスク管理の方法を取り入れる必要があります。


④コア・バリュー(中核的価値観)に基づくプロセス・仕組みで浸透を図る

コア・バリュー経営先に挙げた家庭の例と企業が決定的に異なるところは、企業組織は家庭よりはるかに構造が複雑であることと、規模が大きいことです。家庭であれば親が子どもに毎日のように価値観を語って聞かせることもできますし、直接お手本を示すこともできます。しかし、企業はそうはいきません。朝礼などで、社是や社訓を毎日暗唱する会社もありますが、「覚える」ことが必ずしも「実践」につながらないことはご存じのとおりです。

企業文化の育成が単なる精神論で終わらないために、「戦略的企業文化」の形成に当たっては、企業活動の要となるプロセスや仕組みを特定して、それらをコア・バリューに基づいて組み立て直し、遂行します。例えば、企業文化を育成する上で極めて重要な意味をもつ場面に「採用」があります。企業文化を育成し、維持していくという時、「企業の使命や価値観を共有できる人だけを採用する」というのは当然ですが、では、それをどのように実行するのか。「戦略的企業文化」を実践する企業は、面接の質問内容から評価表に至るまで、コア・バリューを採用の仕組みに落とし込む工夫をしています。これを、私は「コア・バリュー経営」と名付けています。


⑤プロジェクト・プロセスを用いて構築する

「企業文化」というのは、社内のさまざまなプログラムが稼動する上での基盤となる基幹システムのようなものです。基幹システムを刷新する際には、プロジェクト・チームを任命し、時には外部のコンサルタントを起用して、目的の設定、リソースの配分、スケジュールの策定など計画的な取り組みをするのが普通です。現状、企業文化の育成の場合、このように計画的なアプローチがとられることは少ないようですが、企業にとっての重要性やスケールから考えて、本来ならば基幹システムの刷新と同様に計画的に取り組まれるのが道理でしょう。

プロジェクトよく、企業文化は「目に見えない」ものだと言われますが、目に見えない限り、それを形にすることはできません。チームでアプローチする場合は特にそうです。完成図を描く、「始め」と「終わり」を定める、そして、リソースを割り当てるというプロジェクトの原則がここで役立ちます。多くの企業で企業文化の取り組みが自然消滅してしまう理由のひとつは、オープンエンド、または積み重ね式のプロセスがとられているからでしょう。完成図を描き、チームがともに把握できるものにすることで、多くの人の協力を得、役割分担をすることが可能になります。企業文化の構築というと大がかりなものでどこから手を着けたらよいのかわからないという印象を受けると思いますが、プロジェクトの考え方を導入することで、全体のプロセスを「フェーズ(段階)」に分けるなどといった工夫ができ、やるべきことを効率良く、着実に終わらせていくことができます。

本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(Vol.196, 2012-9)にて特集掲載されました弊社代表石塚の寄稿記事の一部です。以下に示した他の記事とあわせて是非ご覧ください。