月刊『アイ・エム・プレス』 : No.11 BtoB通販からダイレクト・マーケターへ(後編)「顧客を知る、顧客とつながる 顧客主導型市場における米国優良企業の挑戦」

カタログ通販とダイレクト・マーケターの相違点

先月号では、1990年代中盤から2000年代初頭にかけて抜本的変革を遂げた米国の流通市場において、ダイレクト・マーケターという新世代のB to B流通プロセス・モデルが台頭した要因や背景について簡単に述べた。その中で、“B to Bカタログ通販”はもはや死語であるという私論を述べたが、読者の中には、これをやや「飛躍した」議論として受け止められた方も少なくないかもしれない。そこで今回は、われわれが定義するところのダイレクト・マーケターが、従来型のカタログ通販といったいどう異なるのか、という疑問について、両者間に見出せる明らかな相違点を挙げて検証していきたいと思う。

まず、カタログ通販とダイレクト・マーケターの間には、各々がターゲットとしている顧客セグメントに歴然とした相違がある。カタログ通販が主に個人やSOHO(Small Office/Home Office)をターゲットとするのに対し、ダイレクト・マーケターは、SMB(小中規模ビジネス)に戦略的ターゲットを置いているという違いだ。個人/SOHO市場がバリュー・リテーラー(※注1)に席巻されていく中、前号で紹介したCDW社をはじめ米国の先駆的企業にとって、新たなる成長の突破口はSMB市場への拡大にほかならず、これを実現していくに当たって、これらの企業はダイレクト・マーケターという新しいモデルに転換せざるを得なかった。あらゆる点において、個人顧客とSMBのニーズは大きく異なる。例えば、価格に対する意識においても天と地の差がある。個人あるいはSOHOを対象としたカタログ通販においては、カタログに掲載されている価格のみがワン・アンド・オンリーの“均一固定価格”であり、いかなる顧客に対してもこれは変わらない。

しかし、B to Bの、しかもSMBという、年間ある程度まとまった額の購買を行う顧客の場合に、このルールが通用するかというとそれは難しい。例えば、年間に1万ドル(約100万円)相当の購買をする顧客Aが、ある商品に対して、1,000ドル(約10万円)しか購入しない顧客Bと同じ価格を払っているとしたら、顧客Aは不当だと憤慨するであろう。以前にも引用した言葉だが、“Treat your customers fairly, not equally(平等ではなく、公平に顧客を扱え)”である。後で詳しく解説するが、ダイレクト・マーケターにおける価格のルールは、まさにこの法則に基づいている。

つまり、「SMBを顧客対象としてビジネスを拡大していくに当たって、従来のカタログ通販におけるセールス/マーケティングの考え方ではカバーすることのできない顧客ニーズを充足する形で、ダイレクト・マーケターのモデルは開発された」ということもできる。ダイレクト・マーケターという革新的プロセス・モデルを通して、先駆的流通業者が超えようとした、カタログ通販の“壁”について、以下にいくつかの例を挙げてみる。

“価格”の壁

従来型のカタログ通販においては、“カタログ”という紙媒体にプリントされた価格が“ワン・アンド・オンリー”の均一固定価格であり、これがすべての顧客に対して適用される。それを補う方法として、累積された購買額に対して割引その他の特典を与えるFSP(フリークエント・ショッパーズ・プログラム)やポイント・プログラムなどが存在するわけだが、ここでは、こういった補足的プログラムは考慮に入れずに、プライシング・メカニズムそのものについてのみ着目する。

先に触れたが、不特定多数の“マス”を対象にしたB to C販売ならいざ知らず、ある程度特定された顧客と取り引きを行うB to B販売において、均一固定価格のモデルを適用することは顧客の不満を招きかねない。ある特定の文化やシチュエーションを除いて、一般の個人顧客が普通の小売店舗に行って、店員を相手に価格交渉をすることはまず有り得ない。

しかしB to Bの場合、ある顧客がカタログにプリントされている“定価”を不当と感じて、セールス担当者に交渉を持ちかけるというのはよくある話だ。ここで、“不当”というのは、“自分にとって高すぎる”ことを意味する。B to B取引においては、顧客のアイデンティティは売り手に対して明らかであり、購買履歴も追跡、記録されている。そのため、顧客は自分の“価値”が売り手によって認識されていることを期待しているし、その“価値”相応のサービスやメリットを享受することを当然と感じているのだ。「自分は上客なのだから、まけてくれて当たり前」という心理が存在するのである。

特にSMBを対象とした取り引きの場合、購買額は顧客によって大幅に異なる可能性がある。アメリカのIT流通業界では、SMBを“従業員数20人以上1,000人未満の企業”と定義している。このことからもわかるように、“SMB”と総称しても企業規模はまちまちであり、従って購買額も大きく異なるのである。こういった状況の中で、すべての顧客に同一のカタログを配布し、“均一固定価格”で対応することは、顧客の視点から見て明らかに“不公平”である。

この“不公平さ”を解消する手段としては、各顧客に対して個別に価格交渉を行う、という方策を採ることもできる。

しかし、多くのB to B営業の実例を通して立証されているように、このやり方には問題が多い。例えば、交渉権限の問題。多くの場合、セールス担当者はその場限りの“取り引き”を獲得することだけに固執してしまい、会社にとっての利益まで考えが及ばない。従って、各セールス担当者に交渉権限を与えてしまうと、“取り引き”欲しさにむやみなディスカウントを承認してしまって、売り上げは上げたものの企業の利益には結び付かないという結果が生じることが少なくない。かといって、現場で直に顧客と接しているセールス担当者に権限を与えずに、常に本部で価格をコントロールするというのでは、セールス・プロセスのモメンタム(勢い)をものにすることができずに、取引獲得好機を損失してしまいかねない。

つまり、各セールス担当者に権限を与えつつ、価格交渉プロセスを統制し、自社の利益を確保するメカニズムの確立が必要である。

では、このジレンマを解消するために、ダイレクト・マーケターが確立したメカニズムとは何か。

年間購買額、購買頻度、購買商品、顧客ライフサイクル、あるいは地域市場の競争環境など、顧客自身の価格感度や売り手が顧客から獲得できる利益率に影響するもろもろのファクターを組み込み、ダイレクト・マーケターは、各顧客や顧客セグメントに対して価格戦略を策定する上での“マトリックス”を編み出した。これは、“マトリックス・プライシング”と呼ばれる手法である。ダイレクト・マーケターは、この“マトリックス”の考え方に基づき、複数の価格パターンを確立し、カタログに適用した。掲載商品の種類や数、レイアウトや表紙に至るまでまったく瓜二つでありながら、異なる価格パターンをあてはめたカタログを作り上げたということだ。

マトリックス・プライシングにおける価格パターンの目的は、各顧客から獲得できる売上利益率を安定させることにある。ある顧客との取り引きにパターンAを適用した場合に獲得できると想定される利益率は28%、パターンBを適用すれば30%というように調整されているのだ。このような価格パターンを適用した幾通りものカタログを、ダイレクト・マーケターは、顧客ライフサイクルや地域市場の競争環境によって巧みに使い分けている。例えば、競争が激しい地域や、購入頻度が高く、それゆえに、顧客の価格感度が高い商品については、利益率を低く設定して、安値感を前面に出した“スーパー・アグレッシブ(超好戦的)”な価格パターンを適用したカタログを配布する。また、新規顧客との取り引きを何としてでも獲得したい、などといった“勝負時”にも、安さをアピールすることに重点を置いた価格パターンを適用している。

米国のオフィス・サプライ業界では、このようなプライシング・アルゴリズムの研究が1980年代半ばから盛んに行われ、時代の流れに伴って洗練されてきたが、企業によっては全米で100通り以上の価格パターン、およびそれを適用したカタログを持ち、顧客や地域によって使い分けている例もある。このようにして、ダイレクト・マーケターは、『カタログ=均一固定価格』という法則を根底から覆したのである。

“取扱SKU数”の壁

SMBを対象とした流通ビジネスの場合、多種多様な顧客ニーズに対応して、いかに品揃えを充実させられるかが競争の決め手になってくる。個人顧客やSOHOという“マス”を対象とした流通ビジネスのように、“最大公約数”的なアプローチを採っていたのでは競争優位を勝ち取ることはできない。ITサプライ業界やMRO(企業消耗性資材)業界が最たる例であるが、SMB顧客のオフィス/現場環境は十人十色であり、これに対応しようとすると、膨大な数のSKU(※注2)を取り扱うことが必要になる。しかし、インターネットが発達してカタログの“コンテンツ”を無限大に拡張することができるようになったが、実際に商品を調達し、顧客の手元に届けるということを考えると、“無限大”というわけにはいかない。この“壁”を超えることが、ダイレクト・マーケターにとってのもうひとつの課題であった。

米・ワイヤード誌の編集長、クリス・アンダーソン氏の著書、『ロングテール』の邦訳が出版され、日本でも話題を呼んでいる。インターネットや検索技術の発展により、いわゆる“ニッチ商品”の売り上げが市場に占める割合が、“ヒット商品”のそれに限りなく近付いているという現象は、音楽のデジタル配信や無店舗のDVDレンタル・サービスのケースにおいては極めて明白である。しかし、これを、物品流通の世界に置き換えて考えることは容易ではない。顧客の需要をデジタル・フォーマットで満たすことのできるビジネスとは異なり、実体のある商品を顧客の手元に届けるためには、在庫管理やフルフィルメント、物流といったサプライ・チェーンの構造を大変革することが要求される。

SMB顧客の“ロングテール的デマンド”に対応すべく、ダイレクト・マーケターは、メーカーやホールセラー、あるいはほかのディストリビューターとネットワークを築き、顧客の需要と供給をマッチングするという“アグリゲーター・モデル”への転換を図ってきた。このモデルにおいては、ダイレクト・マーケターは、“市場”というスペースの中から、顧客のニーズを最も適確に満たすサプライヤーや商品を引き当てる“購買エージェント”の役割を果たす。自らが在庫を抱えているか否かはもはや問題ではない。事実、米国オフィス・サプライ業界ナンバー・ワンのステープルズ社を見ても、インターネット・カタログ掲載SKUのうち、自社で在庫しているものは3分の1にも満たない。

“セールス”の壁

言うまでもないことだが、従来型のカタログ通販においては、“カタログ”が唯一のセールス/マーケティング・チャネルとしてとらえられてきた。そして、一般のカタログ通販では、いわば「大量のカタログを市場に散布して反応を待つ」という、受身のセールス体制が採られてきた。また、既存顧客との関係も希薄で、顧客がコールセンターに電話した際に対応に当たるのは不特定なオペレータであり、顧客ナレッジの蓄積もままならなかった。

SMB顧客はソリューション重視であり、購買意思決定の要点として、価格の安さを追求するというよりは、ソリューションの提供に価値を見出すという特性をもっている。ダイレクト・マーケターへの大きな飛躍は、個々の顧客のニーズに密着したソリューション・アプローチの実践を目的として、アカウント・マネージャーを中核としたセールス/マーケティング組織を確立したことにある。

ここで避けたいのは、ただ単にセールスの人材を導入すれば、カタログ通販からダイレクト・マーケターへと豹変することができるという誤解だ。もともと、個別の担当者を顧客ごとに割り当てる“アカウント・マネージメント”は、大企業顧客だけが享受できる特権であった。ダイレクト・マーケターのアカウント・マネージメント・モデルは、大企業を対象としたセールス・プロセスとして米国で1960年代に考案され、以来、研究が進められてきた“戦略的アカウント・マネージメント”というモデルのコスト構造をSMBセールスに適した形で編成し直し、洗練に洗練を重ねたものである。大企業との取り引きはひとつひとつが大規模であるため、各アカウント・マネージャーが担当する顧客数も比較的少数ですむ。しかし、ダイレクト・マーケターのアカウント・マネージャーは、ひとり当たり数百社を受け持つというケースも珍しくない。そのくらいのスケールでないと、個々の顧客アカウントから獲得できる売り上げとコストの採算が合わないからだ。ダイレクト・マーケターのアカウント・マネージメント・モデルは、数百社単位の顧客管理を可能にするITシステムと、業種、購買額、購買傾向、ニーズなどの複合要因に基づく顧客のモジュール化を大きな柱としている。

ダイレクト・マーケターへの険しい道

カタログ通販からダイレクト・マーケターへの飛躍を遂げるに当たって、米国の先進的企業が乗り越えてきた“壁”は、このほかにも数多く存在する。人間の体が、脳や心臓、肺や胃といった“パーツ”を組み合わせてひとつの“システム”として成り立っているように、ダイレクト・マーケターの誕生も、セールス組織の構築やITインフラの導入、新しいプライシング・モデルの開発といった、数々の“パーツ”が連携してはじめて成し遂げられたといえる。さらに、これらの企業にとって、ダイレクト・マーケターへの飛躍は、単なる既存システムのアップグレードや新しい仕組みの追加ではなく、企業組織の根底を揺り動かす抜本的な変革であり、企業意識の刷新であったと私は想像する。移植手術の際に、移植された臓器と患者の適合性が低いと支障をきたすのと同じように、ダイレクト・マーケター的仕組みを、古い組織体制の中に乱暴に投げ込んでも効果を発揮できない。ダイレクト・マーケターのパイオニアたちは皆、顧客主導型という激しい潮流の中で、いかなる変化にも柔軟に対応し、新しいプロセスを次々と創造する企業体質を培ってきたのだ。

競争優位に立つマーケターになる秘訣は、ただやみくもに顧客満足を追求するのではなく、まず、市場や「個」客のニーズに対応するプラットフォームとは何かを考察し、その構図を描くことにある。そして、構成要素であるパーツを見極め、ビジョンに到達するまでのプロセス・モデルを組み立てていくことにある。明日の指針が見えない激動の時代においては、業種/業界の障壁を超えて、先駆者たちのサクセス・モデルを緻密に観察し、その結果として得られた洞察や深い理解のもとに、自社の改革を実現できる企業だけが生き残る。

※注1:バリュー・リテーラー…低価格を価値提案の柱としつつ“プラス・アルファ”のバリューを提供するマス・リテーラー
※注2:SKU(Stock Keeping Unit)…在庫管理を行う場合の管理単位


*本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(128, 2007-1)に掲載されました。
*こちらからPDFでもご覧になれます。

*こちらからPDFでもご覧になれます。*こちらからPDFでもご覧になれます。→PDFをダウンロード(109KB)