月刊『アイ・エム・プレス』 : No.10 BtoB通販からダイレクト・マーケターへ(前編)「顧客を知る、顧客とつながる 顧客主導型市場における米国優良企業の挑戦」

死語と化した“BtoBカタログ通販”

米国通販業界随一の業界誌、『カタログ・エイジ(Catalog Age)』が、『マルチチャネル・マーチャント(Multichannel Merchant)』に誌名変更して1年半が経過した。誌名変更の背景には、インターネット販売が続々と台頭してきた1990年代半ばから10年を経て、販売チャネルが多様化した結果、カタログのみを販売チャネルとする純粋な意味での“カタロガー(カタログ業者)”がもはや、絶滅種となってしまったという事実がある。

また、もうひとつの重要な要因として、販売チャネルの変化のみならず、通販(“無店舗販売”)業界におけるセールス/マーケティング・メソッドの大きな変化がある。今となっては、不特定多数の顧客にカタログを送りつけて反応を待つという従来型のカタログ・セールスは、B to C流通ならともかく、B to Bの世界ではまったく時代遅れな考え方になってしまった。今日の米国においては、“B to Bカタログ通販”というのは事実上死語であると言ってもよい。

2006年8月に発表された“マルチチャネル・マーチャントトップ100”においては、上位10社すべてがB to B専門の流通企業か、あるいはB to CとB to B流通の両方を行っている企業であり、このうちカタログ・オンリーでセールスを行っているところはひとつとしてない。実に、これら10社中5社は、インターネット販売にフォーカスした業界誌、『インターネット・リテーラー(Internet Retailer)』が発表している、“トップ100 Eテーラー”にも名前が挙がっている。このことからも、B to B、B to Cを問わず、純粋な意味での“カタログ通販”という業態はもはや存在し得ないことがわかる。

さらに、米国のB to B流通において優良企業とされているところを分析してみると、いずれも、カタログ、インターネットという強力な“マルチ販売チャネル”だけではなく、それらの媒体と連動し、相乗効果を上げる強靭な“セールス組織”を擁していることがわかる。

“ダイレクト・マーケター”の誕生

1990年代半ばから2000年代の初めにかけて、「顧客主導型市場の到来」という時代の潮流を敏感にとらえ、“顧客主導のセールス組織および体制”をいち早く確立することにより、“カタログ通販”モデルからの脱皮を図り、競争優位を築いてきた企業が米国には多くある。ダイナ・サーチではこれまで、こういった優良企業の動きを観察し、複数の市場や商品カテゴリーにまたがるこれらの企業に共通の“DNA”を解明することに努めてきた。そして、長年の研究の結果、この“DNA”が、“ダイレクト・マーケター”と呼ばれるプロセス・モデルであるという結論に達した。

これらの企業の中には、自ら“ダイレクト・マーケター”を名乗っているものもあるが、それはごく一握りに過ぎず、たいていの企業があえてそれを自称してはいない。実は、日本においても、1993年に『ダイレクト・マーケター』(荒川圭基著、ダイヤモンド社発行)と題する本が出版されているが、以来、“ダイレクト・マーケター”という言葉そのものはすっかり影をひそめてしまったかのように見える。しかし、これは“ダイレクト・マーケター”というモデルが、時代に対応しないものとして消えてしまったことを意味するのではまったくない。むしろ、その反対で、今日、米国のB to B流通市場で競争優位を誇っている企業の多くは、そのセールス/マーケティング活動の実践において、“ダイレクト・マーケター”のモデルを基盤としているといっても過言ではない。

また、“ダイレクト・マーケター”は、いわゆる“ダイレクトマーケティング”と混同されるべきものでは決してない。“ダイレクトマーケティング”が、『ある特定のターゲット・オーディエンスにマーケティング・メッセージを発信することを通して、ある種のレスポンスを促すことを意図したプロモーション活動』と定義されるのに対して、ダイレクト・マーケターとは、『個々の顧客(あるいは顧客セグメント)のニーズに訴えるソリューション・アプローチを通して、顧客ロイヤルティの育成を意図したセールス/マーケティング・プロセス・モデル』を指すといえる。

従って、ダイレクト・マーケターが、そのマーケティング活動の一環として、“ダイレクトマーケティング”を活用することはもちろんあるが、“ダイレクトマーケティング”を活用するからといって、“ダイレクト・マーケター”であるとはいえない。

SMBのニーズに着目したダイレクト・マーケター

米国におけるダイレクト・マーケターの発祥はIT/PC流通業界におけるカタログ通販にある。米国IT/PCダイレクト・マーケター大手、CDW社は、1990年代半ばまでは、カタログのみを媒体としてセールスを行う、“カタログ通販会社”であった。

彼らが、1990年代半ばから2000年の初めにかけて、主にSMB(小・中規模ビジネス)顧客にターゲットを置き、各顧客の特性を明確かつ詳細に把握した上で、個々のニーズに的確に対応するソリューションを提供する“アカウント・マネージャー”の育成に注力し、“アカウント・マネージャー”を中核としたセールス組織を確立して、競合他社に対する絶対的優位性を築いていったという経緯がある。そして、米国では、IT/PCのB to B流通市場においては、この“ダイレクト・マーケター”モデルを起用した一握りの企業だけが生き残る結果となった。

もちろん、マス顧客に均一のカタログをばら撒き、そのレスポンスを待つというビジネス形態をいまだ維持している企業もあるにはあるが、これらの企業のターゲット層は法人ではなく、個人である。個人顧客とは異なり、法人顧客は、個々の事業所のIT環境によって定義される明確なニーズをもち、そのニーズに基づいてリピート購入を行うという特性を備えている。

また、法人顧客にとって、IT購入の目的は、単なる個人の趣味や娯楽ではなく、事業所におけるオペレーションを効率化し、自社の利益を増大させることにある。そのため、商品の価格やスペックといったカタログから得られる情報だけではなく、自社の状況を熟知した営業担当者との対話を通して、ITに関するアドバイスやコンサルテーションを受けた上で購入決定することを望む傾向にある。CDW社をはじめとする、“ITダイレクト・マーケター”が台頭する以前は、こういった個別サービスを受けられるのは大企業だけに限られていた。大量および高額のIT購入を行う大企業に対しては、専任の営業担当者を配置して個別セールスを行うことが、コスト的にも正当化されるからだ。

しかし、SMBは、一般の個人に比べて購入額も大きく、購入頻度も高いものの、従来の意味での“営業担当者”を配置するには規模が小さすぎ、売り手としては採算が合わない。

そこで、営業担当者が個別にフェイス・トゥー・フェイスでの対応を行う大企業と、個別の対応を必要としない一般個人との間に挟まれ、SMB層は、カタログ通販では満たされない切実なニーズを抱えていた。個々の規模は小さい反面、集合体としては大企業市場よりも巨大であり、しかも、大企業に勝る利益性を秘めたSMB市場の“満たされないニーズ”に目を着けたのが、CDW社をはじめとする先進的流通企業だったのである。

米国では、1960年代に、大企業を対象としたセールス・プロセスとして、戦略的アカウント・マネージメント(Strategic Account Management:略称SAM)というコンセプトが考案され、その研究が進んだ。

SAMは、売り手、買い手ともに大企業のニーズを出発点にして開発されたコンセプトであり、主に、“ナショナル・アカウント”や、“グローバル・アカウント”と呼ばれるタイプの顧客を管理するセールス・プロセスとして考案されたものである。この場合の“顧客”とは、大企業の中で、社内の各部門の注文を取りまとめて購買を行う“プロキュアメント・オフィス”のことを指し、SMB顧客とは、企業内における購買業務の位置付けも取り引きのスケールもかなり異なる。

しかし、SMBのニーズは、その複雑さと多様性においては、どちらかといえば個人顧客より規模の大きな法人顧客のニーズに類似しており、個々のSMB顧客に的確にアプローチし、顧客満足を獲得していくためには、カタログ通販にありがちな“One-Size-Fits-All(紋切り型)”アプローチではなく、各顧客の特性やニーズを熟知した上で、“アカウント・マネージャー”が個別に対応する“ソリューション・アプローチ”がとられなくてはならない。1990年代半ばに、“メーカー・ダイレクト・モデル”のDell社との熾烈な競争にあえいでいたCDW社をはじめ、ITダイレクト・マーケターの先駆者たちは、この事実に気付き始めた。

1990年代の半ばに、IT、メディカル、オフィス・サプライなど、特定の商品カテゴリーに限定されないあらゆる市場において、SMB顧客を対象とした“ダイレクト・マーケター”のプロセス・モデルが適用され始めた背景には、各市場における競争環境の熾烈化のみならず、流通市場全体におけるパワーの均衡が、サプライヤーから顧客へと大きく傾き始めたということがある。

もはや、サプライヤーが“手元にあるもの”、“売りたいもの”を顧客に“プッシュする”というタイプのセールスではなく、むしろ、サプライヤーが、顧客との対話を通して、顧客のニーズに即したソリューションを創造し、提案していくという“コラボレーション型”のアプローチが求められるようになってきたのだ。

ITが促進する“ダイレクト・マーケター”の普及

1990年代半ば以前には、もともと大企業顧客を対象としたセールス・アプローチにおいて開発されたSAMを、SMB顧客を対象としたセールス活動においてコスト効率よく応用することができないでいた。

この状況を大きく変えたのが、データベース・テクノロジーやインターネット・テクノロジー、CRMやSFAなど、社内外のコミュニケーションやナレッジ・マネジメントを円滑化するIT技術の飛躍的な進歩である。大企業を対象とした営業活動が、一般的にフェイス・トゥー・フェイスのインタラクションを通して行われるのに対し、ダイレクト・マーケターのアカウント・マネージャーは、電話やeメールなどの媒体を主なコミュニケーション・ツールとして顧客との対話を行うことを特徴とする。取扱商品カテゴリーや市場にもよるが、あるダイレクト・マーケターのアカウント・マネージャーは、ひとり当たり約300社のアカウントを担当するという。

これら多数の顧客取引から蓄積される膨大な情報を管理・分析し、個々の顧客に的確かつタイムリーなオファーを発信していくことは、近年になり急速に発展してきた情報通信技術や分析技術の力なくしては達成し得ない。IT革命をエネイブラー(促進要因)とし、“顧客主導型”という市場の潮流に応える形で生まれた“ダイレクト・マーケター”は、まさに“新流通時代の申し子”と呼ぶにふさわしい。

グローバル競争に勝つためには“プロセス”の重要性を学ぶべし!

冒頭に、“ダイレクト・マーケター”とは、プロセス・モデルであると述べた。“ダイレクト・マーケター”というDNAの構成要素には、顧客プロフィールの把握や分析に関する方法論や、アカウント・プランニングの方法論、そして、全社的なコミュニケーションやナレッジ・マネジメントを司るフレームワークなどといった諸々の“パーツ”が存在する。

今日、米国の流通において見られる“ダイレクト・マーケター”の成功例は、これらの“パーツ”が企業のセールス/マーケティング活動という包括的な“仕組み”として作用するための“プロセス”を設計し、洗練していった企業の努力の賜物である。

過去25年間にわたり、アメリカのビジネス動向を観察しながら、アメリカと日本という異文化の橋渡しに携わってきた私自身の経験から言うと、この、“プロセス”という概念とその重要性が、日本においては未だよく理解されていないようである。むしろ、日本においては、ツールやテクノロジーといった“パーツ”だけが過剰にもてはやされ、“パーツ”を“仕組み”として作動させるための“プロセス”は無視され、ないがしろにされる傾向にある。

いかに高性能な天ぷら鍋を持っていたところで、おいしい天ぷらを揚げることができるかというとそうではない。成功の秘訣となるのは、天ぷら鍋という“ツール”のみならず、天ぷら粉の混ぜ方や、適切な油の温度、新鮮な食材の選び方などといったさまざまな要素をつなぎ合わせる“プロセス”である。

プロセスの重要性については、ビジネスの世界でもまったく同じことが言える。今後、日本企業がグローバルな舞台で欧米企業に互角に対抗していくためには、まず、プロセスの重要性について重々よく認識する必要がある、と私は強く感じている。


*本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(127, 2006-12)に掲載されました。
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