マス・メディア弱体化の兆候
8月のあたまにリリースされた米・マッキンゼーのレポートによると、2010年におけるTV広告の効果は、1990年当時の3分の1にまで弱体化するという。事実、過去10年の動きを見ても、米国におけるプライム・タイム(夜の看板番組が並ぶ時間帯)の視聴者数はほぼ半減している。それでいて、TV広告の価格は40%上昇しているという。プライム・タイムに広告を出すという特権に対しては、年々さらに高額な値札が貼り付けられるが、それへの代償は縮小するばかりで、マーケターとしてはまったく割に合わない話だ。これを受けて、P&Gなど大手のCPG(Consumer Package Goods:消費者向けパッケージ商品)メーカーは、ここ数年ますますTV広告経費を減らす傾向にある。
“マス・メディア離れ”が進んでいるのはTVに限った話ではない。米国を代表する全国紙『The New York Times』は、先ごろ、北米における印刷所の統合による人員削減と、新聞紙面の縮小プランを発表した。大、小規模を問わない広告主の離反と、読者数の減少が原因だ。かつての新聞にとっては、個人やスモール・ビジネスが掲載するクラシファイド広告(特定分野における情報一覧形式の広告)が収入源の大きな一部を占めていたが、これも今日では、イーベイやモンスターなどといったオンライン業者にお株を奪われてしまった。
また、ニュースも、朝刊や夕刊を待たずとも、いつでもどこでも、オンラインにアクセスすれば、全世界の情報をリアルタイムで入手することができる。前述の『The New York Times』と並び、『USA Today』も、『The Wall Street Journal』も、米国の大手新聞が、こぞって“薄型化”に傾いているのもこれが理由らしい。新聞はざっと飛ばし読みし、ヘッドラインを把握するためのもの、何ページにもわたる紙面をじっくり読む必要はない、というのが、若い世代の新聞の読み方であるという。もちろん、大手新聞社もオンライン版の開拓に励んでいないわけではないが、オンライン購読者の増加のスピードが、紙面購読者の減少の勢いに付いていけないというのが悲しい現実だろう。
「マス・メディアの死」を声高に叫ぶのは多少大げさかもしれないが、われわれ生活者にとっても、マーケターにとっても、“メディア”の考え方が大きく変わり始めているというのは事実だ。今日、米国の生活者が1日に受信する“コマーシャル・メッセージ”の数は3,000件と推算されている。そして、これを好意的に受け止めている生活者は極めて少ない。米国の生活者の68%が「広告が多すぎる」という不満を抱き、59%が「広告は信用できない」という。中でも、TVコマーシャルの嫌われようは相当のもので、録画したTV番組を視聴する際に、コマーシャルを「早送り」する生活者は、全体の92%を占めている。
“メディア(media)”は、本来、“媒体”という意味であり、必ずしもマスメディアを指すものではないが、昨今のマーケターは、この本来の言葉の意味に立ち返って、広告戦略や販促戦略を模索する必要性に迫られている。商品やサービスが市場に氾濫し、インターネットの恩恵によって、生活者が自分のニーズにぴったり合致したものを容易に探し出すことができるようになった世界においては、生活者のライフスタイルや嗜好に合ったメッセージを、個々の生活者が望む時に、望む通りの方法で発信することが要求される。顧客の“共感”を生み、顧客と一体化するマーケティング・メッセージの創造と、ユビキタス化の実現を目指して、米国マーケターは多種多様な新しい媒体の可能性を探求している。
私は、広告や販促の分野においてはまったくの門外漢であるが、今回は、あくまで、米国のビジネスを20年以上にわたって観察してきたジェネラリストとしての立場から、今、米国の広告/販促活動において注目を集めている話題をご紹介しよう。
進化する3C
今日、米国では、オンライン・コンテストが「花盛り」といったところだ。それも、ただ単にオンライン上で懸賞やゲームに参加する、というのではなく、顧客が自ら創造したコンテンツをWebに載せ、それに対してほかの顧客の人気投票を募って受賞者を決めるという顧客プロデュース型のコンテストが人気を集めている。
1990年代半ばから2000年の初めにかけて、ドット・コムが最盛期であったころ、Webビジネスの成功のカギは、3C(Commerce、Content、Community)であると言われていた。Commerce(お金を儲けるシステム)を構築する上で、残りの2要素(Content、Community)が必要なのは言うまでもないが、昨今ではこの2要素の重要性がますます高まり、ContentはただのContentではなく、“Customer-Created Content(顧客による、顧客のためのコンテンツ)”であるべきだと言われるようになってきた。
最近、弊社のスタッフが見せてくれたWebサイトは、カールス・ジュニア(Carl’s Jr.)というファースト・フード・チェーンが現在展開している『バーガー・スレイヤー(「ハンバーガー戦士」とでも訳そうか…)』(http://burgerslayer.carlsjr.com/)と題する販促コンテスト・サイト。手書き風のフォントとグラフィックで構成されたエントリー・ページに、20代前半と思われる若者が、眉間に皺を寄せながら巨大なハンバーガーにかぶりついている写真が、銀の額縁に入れられて画面左側を飾っている。そして、写真の頭上には、『2006年7月のバーガー・スレイヤー』という見出しが。同コンテストは、顧客がハンバーガーを食べる(“攻撃し、破壊し、征服し、壊滅に追い込む”)姿を携帯で撮影したものを投稿してもらい、これをWebにアップロードして人気投票を募るというもの。毎月、最も人気の高かった応募者は、賞品として1カ月間無料でハンバーガーを食べることができる。掲載されている写真は、そのほとんどが、カールス・ジュニアが主要ターゲット層としている20代の男性で、このプロモーションが、同社の思惑通り、ターゲット顧客の共感を生み、ターゲット顧客のライフスタイルと一体化して、“Buzz”を生み出していることが想像される。
この“Customer-Created Content”と呼ばれる現象に火をつけたのは、なんといっても、動画共有ポータル・サイト、YouTube(http://www.youtube.com/)の影響によるところが大きい。YouTubeでは、そのサイトを通して、1日当たり6万5,000件以上の画像アップロード、そして、1億件を超える閲覧があるという。まさにWeb2.0時代の申し子ともいえる“驚異的”な現象だ。誰もが、何でも好きな映像をアップロードできるYouTubeは、そもそも一般生活者が自作の映像を不特定多数のほかの一般生活者と共有するためのサイトとして始まったが、最近では、テレビ番組を録画したものも頻繁にアップロードされ、著作権の侵害につながるのではないかと懸念されている。実際、米国三大TVネットワークのひとつであるN B C は、今年2月に看板番組『Saturday Night Live』の録画セグメントをWebサイトから取り下げるようにYouTubeに要請し論議を巻き起こした。しかし、当のNBCは、わずか4カ月後の6月には方針を180度転換し、YouTubeとマーケティング提携を結び、同サイトを通して既存/新規番組のプロモーション・クリップを放映することで、一般視聴者への露出および認知度向上に努める意向を発表している。
従来型のメインストリーム・メディアが、一般生活者の参加によって創造され、その支持を受けて日に日に膨張しているニュー・メディアの底知れぬパワーを認識し、これに迎合しつつあるということだ。そしてマーケターは、いかにこの新しい媒体を駆使して、一般生活者の“Peer(同志)”としてメッセージを発信し、生活者の親近感を勝ち得るか、言い換えれば、生活者に、“My Own(私のブランド)”と呼んでもらえるような地位を確立するか、その方法を手探りで模索している。
8月の初旬にYouTubeにアップロードされ爆発的な人気を博した“Tea Partay(ティー・パーティー:正確な英語の綴りではないが、ラップ・カルチャーにおいて多用される)”というビデオ・セグメントは、まさにこのような模索の成功例だ。ビデオ映像を見ると、ポロシャツに身を包んだプレッピー・ルックの若者たちが、ラップ風の音楽に合わせて歌っている。一見、ただのミュージック・ビデオのようだが、これは、実はプレミアム・ウォッカで有名なスミノフ社が、地域限定で市場導入を進めているモルト・ベースのアルコール飲料、Smirnoff Raw TeaのオフィシャルCMとして制作し、YouTube限定で放映しているものである。
このビデオ・セグメントは、8月2日にYouTubeのサイト上に登場し、最初の2週間でなんと50万を越える閲覧件数を記録した。イギリス植民地時代のなごりが残るニューイングランド地方での市場導入にちなんで、イギリスの伝統であるティー・パーティーと、ポップ・カルチャーの象徴ともいえるラップ・ミュージックを掛け合わせたこの映像には、従来型のTVコマーシャルにつきもののブランド・ロゴも、汗をかいたボトルのクローズアップも登場しない。歌詞の中に、“Smirnoff Raw Tea”という商品名はかろうじて登場するが、それを除いては、ありきたりのTVコマーシャルを思わせるあらゆる要素をできるだけ排除し、“素人映像”としての信憑性を強調するように意図して創られているのだ。
この思惑が当たり、“Tea Partay”は、全世界のYouTubeマニアの間で、eメールやブログ、SNSなど、Webベースの“口コミ”で広まり、2週間に50万件の閲覧件数を生み出すに至った。広告の対象であるSmirnoff Raw Teaは、現在ニューイングランド地方でしか発売されていないが、発売元のスミノフ社によると、「いつになったら全米で販売されるのか?」と、ほかの地方のリテーラーから問い合わせが後を絶たないという。YouTubeを通して同CMを閲覧した生活者が、商品を求める声をリテーラーに発しているからだ。YouTubeにポストされたビデオ・セグメントの制作費は20万ドル(2,000万円)。米国における一般的なTVコマーシャルの制作費は35万ドル(3,500万円)、それをTV放映するとなると、30秒あたり何千万円単位のスポット料がかかる。YouTubeの“スポット料”はもちろんタダであるから、思いがけない反響にスミノフがほくそえんでいるのは想像に難くない。
未知の可能性を探索するマーケターたち
『ターゲット層である顧客の“Peer(同志)”としてメッセージを発信し、顧客の親近感を勝ち得る』ことが、今日、米国のマーケターにとって究極のゴールとなっていることは先に述べたが、この風潮に厳しい警告を発するような逸話がある。
先ごろ、世界最大のリテーラーであるウォルマートは、“Customer-Created Content”の精神にのっとった新しいマーケティング・イニシアチブのひとつとして、その名も“The Hub(英語で、『中枢』の意)”というコンテスト・サイトを立ち上げた。米国で9 月といえば、“Back-to-School(新学期準備)シーズン”であり、ジェネラル・マーチャンダイザー、オフィス・サプライ業者をはじめとして多くのリテーラーは大々的な販促セールを展開する。この“Back-to-Schoolシーズン”の成功のカギを握るのがティーン層であり、前述の“The Hub”は、このティーン層(正確には13歳から18歳まで)をターゲットとしたコンテスト・サイトだ。
ティーン層に照準を合わせ、“ティーンによる、ティーンのためのコンテントを公募する”というアイデアにたどり着いたまでは良かったのだが、このサイト、立ち上げ当初から、全米のマーケティング業界関係者の冷笑を買った。まずひとつに、サイト上のコピーが明らかにティーンを装った大人の言葉で書かれていたこと、そしてもうひとつに、サイトの構成が、一見、ソーシャル・ネットワーキング・サイトのような形式をとりながらも、ユーザー同士の双方向コミュニケーションを可能にする機能を欠いていたことが主な理由だ。
コンテストの内容は、『自分の個性を表現する2分間以内のビデオ・クリップ、またはWebページを募集』するというもの。応募作品は、“専門家”による第一審査を経た後、サイト・ビジター(つまりティーン)による人気投票を通して受賞者が決定される。この、“専門家”による第一審査、というのも、コンテストの対象となるティーンの反感を買った。ちなみにウォルマートは、書籍や雑誌、CDなどのメディア・プロダクトに関しても、同社が提唱する極めて保守的な価値観を基準としたスクリーニングを通して、“適切”と判断したものだけを店頭に置くことで広く知られている。
米国最大のソーシャル・ネットワーキング・サイトであるMySpaceも、前述のYouTubeも、“Customer-Created Content”を中核としたビジネス・モデルで成功を収めているビジネスはいずれも、コンテンツのスクリーニングをあえて“コミュニティの自主規制”に任せている。“コミュニティ・メンバー”に自在にコンテンツを創造させ、メンバー間の自由な意志疎通をファシリテートし、“Buzz”やブームの温床となる場を提供することが、Customer-Created Contentをテコとしたマーケティングの成功を狙う上での第一原則となっているのだ。行き先を知らない“迷えるマス”を導き、ブームを“仕掛ける”という従来型マーケターの古い考え方は、売り手と買い手のパワーが逆転した「新たな世界秩序」においては、顧客の反感を買い、かえってブランド・イメージの低下を招く危険性をはらんでいると言える。
こう考えていくと、先に挙げたスミノフ社の例のように、ターゲット顧客の“Peer(同志)”になりすまし、Customer-Created Contentをテコにして顧客の共感を得ようというマーケターの手法は、顧客の信頼を二重に裏切る実に危ない綱渡りであると言えなくもない。Customer-Created Contentというコンセプトの活用は、国や文化の相違を問わず、全世界のマーケターにとって未踏の地を開拓する革新的好機と言える。しかし、どのような方法でこれにアプローチすれば、“顧客主導型”と呼べるのかということは、今後多くの試行錯誤を要する大きな課題であると思われる。
*本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(125, 2006-10)に掲載されました。
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