月刊 『商業界』: 企業文化創造、 それは経済停滞期における最強の戦略

2008年6月、私が初めてザッポスに訪問した際、そのきっかけとなったのは、「企業文化が経営の最優先課題」というCEOトニー・シェイの言葉だった。

設立から10年足らずで年商10億ドルを突破。留まることを知らぬ急速な成長。その源は「企業文化」に他ならないという大胆な宣言は、私が長年にわたって米国企業の研究を重ねてきた中で聞いたことのない言葉だった。

ドラッカーいわく 企業文化は戦略に勝る

もちろん、企業文化が大切だということは多くの人が言っている。だが、トニー・シェイはそれが企業力の基盤であり、長期的な成長の原動力であると位置付けた。

かのピーター・ドラッカーは、「企業文化は戦略を朝飯に食らう(企業文化は戦略に勝る)」と言ったが、そのとおり、じっくり時間をかけて考え抜かれ、トップのコミットメントを後ろ盾に、会社ぐるみで育まれた堅固な企業文化の前では、いかなる小手先の戦略も無力に色あせて見える。

トニー・シェイの言葉を借りれば、企業文化は「価値観(コア・バリュー)」や「崇高なビジョン」とも連動する。

企業という組織の中で働く人全員が、同じ価値観を共有し、一つの目標に向かって切磋琢磨する、そうすることによって、個人としても組織としても最大の力を発揮することができる、という考え方は別にザッポス・オリジナルではない。ザッポスの場合、たまたま、その型破りな顧客サービスのスタイルやカラフルな企業文化が注目を浴び、話題を呼んだ。しかし、アメリカでは、共通の価値観によって社内の結束を高め、一個人や企業の損得を超えた目標を掲げることで、働く人を奮い立たせて頭角を表している企業が、ザッポスの他にもいくつも存在する。

企業経営というのは基本的に営利目的だから、トニー・シェイの「崇高なビジョン」という言葉に困惑する人も多いだろう。しかし、「崇高なビジョン」をもっと平凡な言葉で説明すると、「お金を超える目的」、つまり、「働く意義」を個々の社員が持つということである。そして、その「意義」が働く人たちの間で共通していれば、組織としての企業力は一層強固なものにな
る。

ザッポスでは、「ハピネスを届ける」ことを会社全体の意義として定めた。そして、社員の働く姿勢を大転換することに成功している。

例えば、ザッポスのコンタクト・センター・レップの仕事は、注文を受けることでも、苦情に答えることでもない。これらのことを「業務」としては行っているかもしれないが、その目的はあくまで、「お客さまをハッピーにする」ことにある。「ハピネスを届ける」という意義が社員を奮い立たせ、普通を超越したサービスを可能にする。

自己実現欲求が 最高の成果を生む

サンフランシスコ市に本社を置くジョワ・ド・ヴィーヴル社は、カリフォルニア州を中心に60軒あまりのホテル、レストラン、スパを経営するホスピタリティ・チェーンである。2001年のネット・バブル崩壊、そして同時多発テロの後、サンフランシスコの旅行業は4分の1に落ち込み、同社は倒産の危機にさらされた。

そこで、創設者のチップ・コンリー氏は、心理学者マズローの欲求階層を土台として経営の刷新を行った。働く人が、欲求階層の頂点にあたる「自己実現欲求」を目指すことのできる環境をつくることによって、個人としても企業としても「ピーク・パフォーマンス(最高の成果)」を達成できると考えたのである。

結果として、同社は2001年から2004年の3年間で売上げを2倍にし、2010年にはマリオット、ハイアットなど大手チェーンを抑え、「米国で最も顧客満足度の高いホテル」の栄誉に輝いている。

ジョワ・ド・ヴィーヴルとはフランス語で「人生の喜び」という意味だが、同社で働く人はみな、「人生の喜びを謳歌する機会の創造」という意義を共有している。それもお仕着せではない。

同社では年に一度、客室係の人たちの合宿がある。そこで、「自分にとって仕事とは」を話し合い、「人生の喜びを謳歌する機会の創造」という全社的な意義の傘の下での、客室係のビジョンとでもいうべきものを考え出すのだという。

人間というのは、創造力に溢れた生き物である。工業経済時代には、画一的なものを大量生産することが経済の要だったから、個々の創造性は無視されていた。

しかし、「もの」より「体験」に価値がある今日では、働く人一人ひとりの個性と創造力がフルに発揮されるような職場をつくらなければ勝ち目がない。そのためには、ただの標語ではない、働く人の心を奮い立たせるようなビジョンを会社の中に浸透させることだ。「良いサービスを提供しなさい」と言われて「やらされている」人の行動や言動と、「ハピネスを届ける」ことに心から賛同して「やりたい」と思っている人の行動や言動の間には、天と地の差があるからである。

企業文化と人に 焦点を当てよ

以上のようなことを踏まえて、経済停滞期の企業力増強を目指す経営者の方々に、次の3つのことを提言したい。

第一に、「意義に導かれた組織」をつくり、働く人一人ひとりに浸透させること。アメリカのとある調査によると、2000年以降の10年間にわたり、自らの存在意義として売上げや利益成長を超えた「何か」を掲げている企業50社の株価を追跡調査したところ、アメリカの代表的株式指数であるS&P500社の4倍にあたる成長を遂げていることが分かった。

第二に、企業組織内の価値観の統一を図ること。経済の停滞期こそ、組織の結束力が問われるとともに、その強弱が組織の明暗を分ける。

第三に、企業文化創造の仕組みをつくり、決して妥協しないこと。組織内に共通する価値観を定めたら、それを基盤に採用、教育、評価などの仕組みをつくること。

日米問わず、過去10年、20年にわたり、企業経営の焦点は市場拡張、事業拡張など外向きの戦略に置かれてきた。しかし、どんなに立派な戦略を立てようとも、それを遂行するのは「人」である。

だからこそ、企業組織内のすべての「人」が価値観を同じくし、共通の目標に向かって進んでいける環境が必要だ。経済停滞期の最強の企業戦略が「企業文化」の創造であることは、ザッポスをはじめ、超成長企業の実例が立証している。

*本記事は『商業界』(2012年4月号)に掲載されました。