『社員の「強み」とつきあう』人材育成の思想

テキサス州サンアントニオに「ラックスペース・ホスティング」という会社があります。

ラックスペース1テクノロジー関連の仕事をなさっている人ならおわかりかもしれませんが、「ラックスペース」とは、データセンターの「ラックスペース」。そう、「ラックスペース・ホスティング」は、その名のとおり、企業のウェブやビジネス・アプリケーションをホスティングする会社なのです。また、昨今話題の「クラウド・サービス」の領域でも、アマゾンやグーグルなどといった大手とシェアを争う注目の企業でもあります。

2012年の年商は13.1億ドル。ニューヨーク証券取引所で株式を取引する上場企業でもあります。

「テクノロジー企業」というと、真っ先に「シリコンバレー」を思い浮かべるでしょうが、ラックスペース・ホスティングは、シリコンバレーから遠く離れたテキサス州を本拠としながら、シリコンバレーの有名企業で経験を積んだつわもの達を多く雇用する特異な企業なのです。元マイクロソフトのカリスマ・ブロガー、ロバート・スコーブルを社員に抱え、顧客ロイヤルティ研究の世界的権威であるフレデリック・ライクヘルド教授が社外取締役であることでも有名です。

こんなにも類まれなタレントをひきつけるラックスペースの魅力は、他ならぬ、彼らの一種独特な企業文化なのです。

こてこてのテクノロジー企業には珍しく、ラックスペースは、「ファナティカル・サポート」、つまり、「熱狂的なまでの顧客サポートへのこだわり」を旗印にしています。ザッポスの言葉を借りれば、ラックスペースは、「たまたまホスティング・サービスを提供しているにすぎない、サービス・カンパニー」なのです。

「優れたテクノロジーを提供しさえすれば、カスタマー・サービスなんて必要ない」という、90年代のテック企業には珍しくなかった「テクノロジー偏重主義」のメンタリティの裏をかき、あえて、「サービスを核にしたテクノロジー・カンパニーをつくる」という方針を打ち出したことが、ラックスペースのこれまでの成功を支えてきたといえます。

また、もうひとつ、ラックスペースを唯一無二の会社にしているのは、仲間に対する熱烈な忠誠心なのです。

ラックスペースには、「友人や家族に対するように同僚に接する」というコア・バリューがあります。「『ラッカー(ラックスペースの社員の愛称)』はファミリー。お互いのためなら山をも動かす」という忠誠心を柱に、社員がそれぞれの個性や能力を発揮し、働きがいを見つけて仕事に情熱を注げるような「居場所をつくる」という精神が、会社の仕組みや社員同士の日々の交流の中に息づいているのです。

「ラックスペースのコア・バリュー(中核的価値観)を共有できる」、つまり、「ラックスペースの文化にあっている」ということを大前提に、その条件さえ満たせば、どんな人でもラックスペースの中に居場所を見出すことができる。どんな人にもユニークな才能や強みがあり、それを発揮できる場所がきっとある、ということを、ラックスペースは会社の信条として貫いているのです。

そのひとつの表れとして、ラックスペースでは、「個々人の『強み』に徹底してフォーカスする」という方針をとっています。

米世論調査/コンサルティング会社のギャラップが開発した「ストレングス・ファインダー」というテストがあります。文字通り、「ストレングス(強み)」を「ファインド(発見)」するための診断テストです。180個の質問に答えていくと、ギャラップが定めた34の「強み」の中から、その人が最も色濃く持っている上位5位を判定して教えてくれます。

ラックスペースでは、入社直後にすべての社員にこの「ストレングス・ファインダー」を受けさせるそうですが、そこで判定された「上位5つの強み」を、各自のデスクに皆の目につくように表示し、上司も、同僚も、お互いの「強み」を意識した上で仕事上の協力体制やコーチングの関係を築いていくそうです。個々人の貴重な財産である「強み」を公に認識し、何より、人材育成の面では「強み」を伸ばすことにフォーカスする、そして、同僚との関係上でも、その人の強みを活かした協業の仕方、働き方を意識的に追求していくという考え方だそうです。

・・・そして、入社したはいいけれど、結局は文化に合わなかった、ということが明らかになった時には・・・ということですが、ラックスペースも、また、私が長年研究してきたザッポスも、これに関しては同じようなスタンスをとっています。「文化や価値観の合わない環境の中で働くというのは、会社にとっても、また働く人にとってもこの上なく不幸なこと。だから、文化に合わないということが両者で納得できた時点で、その人には他に『居場所』を探してもらうのがベストだ」という考え方です。

ラックスペースも、ザッポスも、時と場合によっては、辞めていく人がその能力を発揮できる職場の紹介やカウンセリングなども提供しているとか。これは、「人を尊重する」というごく基本的な姿勢から来ていることだと思います。「会社の利益」だけを考えて、「会社と外の世界はお互いに無関係」と考えてしまうと、「社員でなくなった途端にその人は赤の他人」ということになりますが、ラックスペースやザッポスのような会社は、「社会の中に会社があり、社会に対して価値創造するから会社が成立する」という原理をよく心得ているのです。

考えてみれば、昨今では「顧客」という言葉の定義も変わり、「今、物やサービスを買ってくれている人」だけが顧客なのではなく、「社会のすべての人」は顧客になり得るわけですから、「すべての人を尊重する」という考え方はただの人道主義ではなく、まったく理にかなったことであるといえます。辞めた社員の「口コミ」はポジティブにもネガティブにも働きますし、その人が「顧客」になることだってあるのですから。