月刊『アイ・エム・プレス』 : No.5 次世代コンタクトセンターでは何を測る?「ソーシャル時代のカスタマー・リレーション」

*本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(182, 2011-7)に掲載されました。

優れた顧客サービスに値札がつく時代

とある調査によると、米国生活者は「優れた顧客サービス」のためなら、平均して1割増しの価格を支払ってもよいと考えているそうです。そしてこれは、店舗、ネットともに同様であるといいます。

ネット・ショップの差別化要因として、「価格、品揃え、サービス」の3つがよく挙げられます。これは、日米両国に共通することでしょう。しかし、昨今では、どの商品カテゴリーにおいても価格の平準化が進んでいますし、ネットで品揃えが充実しているのは「当たり前」になってきています。つまり、どのようなサービス・エクスペリエンスを提供できるかが、ネット・ショップにとって差別化の決め手になっているということです。

もちろん、一言で「サービス」と言っても、いろいろな解釈があります。ここでは、ネット通販に特化して顧客サービスの格付けを行っているアメリカの評価会社、ステラ・サービス社の定義に倣って、ネット通販におけるサービス・エクスペリエンスの要素を「サイト上のツールおよび機能」「配送および返品」「顧客サポート」の3つと定義しましょう。

これら3つの中で、今回、特に着目したいのは「顧客サポート」です。優れた顧客サポートとして、何が求められているのか。近年、顧客サポートへの期待値が高まっているだけでなく、顧客にとって何が「好ましい体験」なのかという根本のところにも大きな変化が生じてきています。

問われるサービスの「ヒューマナイズ(人間化)」

そんな中で、多くのコンタクトセンター(顧客サービスおよびサポート・センター)にとってキーワードになってきているのが、サービスを「ヒューマナイズ(人間化)」するということです。これについて、少し深く掘り下げてみます。

この連載の中でもたびたび書いてきましたが、店舗であれ、コンタクトセンターであれ、これまでのサービスの現場というのは、多かれ少なかれ、まるで工場のアッセンブリー・ラインのように運営・管理されてきました。

サービスをマニュアルやスクリプトで標準化するという考え方は、バリエーションを減らし、必要最小限の資源からできるだけ多くのリターンを生むというコスト効率化の発想から生まれたもの。多くの商品を生産し、できるだけ安い価格で流通させることにフォーカスした、工業経済時代の名残と言えるでしょう。マス・マーケット時代にはそれで良かったのですが、消費における価値観が大きく変容し、顧客ニーズが多様化している今日(ソーシャルの時代)には、そういった考え方はもはや時代遅れになっています。

マニュアルやスクリプトで顧客対応を「標準化」し、顧客のコール1件1件をできるだけ短時間に「処理」するという従来のコンタクトセンターの常識から脱却し、マニュアルなし、スクリプトなし、処理時間の計測もなし…という「ないないづくし」でアメリカのコンタクトセンター業界に旋風を巻き起こしたのが、靴のネット通販ではアメリカでナンバーワンの「ザッポス」でした。拙著『ザッポスの奇跡』の執筆のためにザッポスを取材した2008年には、こういったザッポスのやり方、考え方は文字通り「型破り」なものでしたが、昨今のアメリカのコンタクトセンター業界では、「ザッポス化現象」とでも呼ぶべき動向が起こっています。

進む米国コンタクトセンターの「ザッポス化現象」

目立った傾向のひとつは、コンタクトセンターの業務測定指標としてのAHT(Average Handle Time:平均処理時間)の是非が見直され始めていることです。そもそもAHTは、コンタクトセンター業務のコスト効率を測る「内向き」の指標であって、顧客エクスペリエンスの質を評価する「外向き」の指標にはなり得ません。“人は指標に従って行動する”とよく言われますが、コンタクトセンター・オペレーターの業務評価指標としてAHTにフォーカスを置くことは、当然のことながら、顧客満足の向上にはつながらないでしょう。AHTを短くすれば短くするほど評価が高くなるのであれば、オペレーターは、顧客を満足させる対応ができたかどうかには構わず、一刻も早くコールを終わらせることに専念するでしょう。

近代マネジメントの父、ピーター・ドラッカーも言っているように、ビジネスの本来の目的は、「顧客を創造し、顧客を育てる」ことにあるべきです。AHTにフォーカスを置くことで、その一時のコスト削減はできても、劣悪な顧客エクスペリエンスが原因で顧客を失っては本末転倒になってしまいます。反対に、一人ひとり、1件1件のコールに心を砕き、顧客を感動させるエクスペリエンスを提供できれば、1時間のコールがもとで、一生涯の顧客を獲得することができるかもしれません。

AHTを測らずに、オペレーターにある程度の自由と意思決定権限を与え、顧客の満足のいくまで応対させる…。そんなコンタクトセンターが、ザッポスだけではなくアメリカでは増える傾向にあります。例えば、昨年アマゾンに買収されたネット通販企業、クイッツィ社(ダイパーズ・ドット・コム、ソープ・ドット・コム、ビューティバー・ドット・コムの運営会社)もそんな企業のひとつです。

ザッポスが実践するNPS測定

AHTを指標にしないとすれば、ザッポスやクイッツィのような会社が、何をもってしてオペレーターの業務を評価しているのか…。その答えは、先に述べた“人は指標に従って行動する”という理論に還ります。顧客満足の創造を目標とするならば、顧客の視点から見て、顧客満足を提供できたか否かを測ればいい…。その理屈に基づき、例えばザッポスでは、米国顧客ロイヤルティ研究の権威、フレデリック・ライクヘルドが提唱する指標、NPS(ネット・プロモーター・スコア)の測定をセンター全体、そして各オペレーターの業務評価の柱としています。

eメールと電話による顧客アンケートを通して、「ザッポスを友人・知人に薦めますか」という質問に、0(まったく薦めない)から10(大いに薦める)のスケールで答えてもらいます。この質問に9か10のスコアで答えた人たち(推奨者)が全体に占める割合から、0から6までのスコアで答えた人たち(反対者)の割合を引き算するというのがNPSの基本形ですが、ザッポスでは、これに加えて、次のような質問も顧客に投げかけます。

「あなたがサービス企業の経営者だったとしたら、あなたの対応に当たったオペレーターを雇いますか?」

数値の出し方は先のものと同様。推奨者の割合から反対者の割合を引き算してNPSを求めます。

ビジネスを活かすのも殺すのも顧客。一人ひとりの顧客と直に触れ合う大切な機会を活かして、顧客の心をつかみ、長続きする関係を築けなければ、ビジネスの存続を望めるはずもなく、ビジネスの存在意義さえありません。

顧客満足の実現は仕組みと人の連携

ザッポスでも、コンタクトセンターの作業効率を評価する指標としては、顧客コンタクトに対するレスポンス・タイムをちゃんと測っています。例えば、顧客が電話をかけた際に生身のオペレーターにつながるまでの時間、eメールでの問い合わせに返信するまでの時間、ライブチャット(Webサイト上で行われるテキスト・ベースのチャット)での問い合わせに応答するまでの時間などです。ザッポスではそれぞれ、コンタクトセンターに入ってくる電話件数全体の80%に対して20秒以内に応答する、eメールには1時間以内に返信、ライブ・チャットには30秒以内に応答することを目標としています。

ちなみに米国のネット通販の業界全般では、電話での問い合わせの際に生身の人間につながるまでに1分23秒かかるのが平均、eメールへの返信所要時間はなんと20時間だということです。かたや、顧客の視点から見る「優れた顧客サービス」とは、「電話で問い合わせた際に1分未満で生身の人間につながること」、そして、「eメールでの問い合わせには1時間以内に返信が来ること」だといいますから、米国ネット通販業界の実態はまだまだ顧客の期待を大きく裏切っていることになります。

顧客要求に応える「スピード」と、真摯な「思いやり」を感じさせる対応。近年、販売活動を補佐する「守りの分野」から、顧客の心をつかみ、長期的繁栄の土台を築く「攻めの分野」へと変身するコンタクトセンターにおいては、仕組み(ハード)と人(ソフト)との連携が必至の課題になっていくと思います。

*本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(182, 2011-7)に掲載されました。