月刊『アイ・エム・プレス』 : No.2 絶対価値を創造する「サービス」再定義「ソーシャル時代のカスタマー・リレーション」

*本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(179, 2011-4)に掲載されました。

事業目的の再定義

個々の生活者が「情報力」と「組織力」を手に入れ、企業よりはるかに勝る権力を持った存在として生まれ変わった「ソーシャル時代」。生活者主体の市場においては、企業が社会のエコシステムの中の一員として、経営に対するマインドセットを大きく革新していかなくてはならない、というのが前回のお話でした。

では、どのように革新するのか、ということが課題になってくるわけですが、私は、ソーシャル時代への対応を真剣に考えている企業がまずやるべきことは、「生活者の視点から、事業目的を再定義すること」であると思っています。

例えば、ウォルト・ディズニー・カンパニーの企業使命は「人を幸せにする」こと。そして、リッツ・カールトンの企業使命は「お客様に心からのおもてなしと安らぎを提供する」ことです。いずれも、事業内容である「テーマパークの運営」や「ホテルの運営」などということには一言も触れていません。

事業内容は変えられませんが、今一度、社会のエコシステムへの貢献を前提に自分たちの目的を見つめ直すこと。そして、社会に価値をもたらすような事業目的を打ち立て、世に宣言し、皆の賛同を得ることが、企業の長期的繁栄の第一歩だと思います。

アメリカの靴のネット通販市場で断然トップを走るザッポスは、お客さまを驚嘆させるサービス(WOWサービス)で有名な会社です。の転機は、創業から3年目のある日、「たまたま靴を売っているにすぎないサービス・カンパニー」であると自らを再定義したことでした。

「靴のネット通販」で一番になるか、それとも、「最高の顧客サービス」で知られる会社になるか、その岐路に立たされた時、後者を選んだことが、ザッポスにとって運命の分かれ目になったのです。
サービスを通して、絶対価値を創造する

それも、ザッポスが意図したところの「サービス・カンパニー」とは、単に「顧客サービスが優れている会社」ではありませんでした。むしろザッポスは、「最高のサービス」を通して、絶対価値を創造することを目指したのです。ネットでのショッピング体験、品ぞろえ、配達、返品、コンタクトセンター……、そうした一連の体験のすべてにおいて、「顧客にとって何が『最高』なのか」ということを、従来の常識や売り手の都合という制約を取り払って考えること、そこを出発点としたのです。

だからこそ、年中無休、24時間営業のコンタクトセンター/フルフィルメントセンターや、送料は行きも帰り(返品)も無料などといった前代未聞のポリシーが生まれました。「そんな莫大なコストがかかることを、どうしてやる(できる)のか」という疑問を多くの人が口にしますが、それは、ザッポスにとっては、顧客サービスは本業に付随する「処理業務」ではなく、むしろ「本当の売り物」であるからです。

サービスそのものが「売り物」であり、サービスで「勝負」するからこそ、サービスにかけるお金は「コスト」ではなく「投資」であるという発想になるのです。ですから、ザッポスのコンタクトセンターでは、顧客が探している商品がザッポスにない場合、競合サイトを少なくとも3軒当たって、その商品がどこで、いくらで売っているのかを顧客に教えてあげます。顧客が競合サイトから商品を買ってしまったら、その一時の売り上げは失うことになりますが、それでもいいのです。感動を呼ぶサービスを提供できれば、顧客はきっと戻ってきて買い物をしてくれるからです。また、驚嘆のサービスを経験した顧客の「ストーリー」が口づてに広がり、「そんなに素晴らしい会社なら買ってみよう」とトライアル顧客を呼んできます。ザッポスの場合、これは、75~80%のリピート購入率、そして、新規顧客の43%が口コミによる獲得という数値に見事に反映されています。

「最高のショッピング体験」を追求するWebサイト

「最高のサービス」の提供を事業目的として位置付けるというザッポスの考え方は、コンタクトセンターなどの「顧客接点」にとどまらず、Webサイトなどのフロントエンド、そしてフルフィルメントセンターなどのバックエンドにも及んでいます。

ザッポスのWebサイトを見ると、商品写真の豊富さに圧倒されます。各商品について、7つの角度から撮影された商品写真があり、サイト全体では、優に5万本を超える商品解説ビデオがそろえられています。これも「店舗とネット」のギャップをできるだけ縮めようという配慮から。店舗で商品を手に取って吟味するように、ネットでも商品を閲覧してもらいたいというザッポスのビジョンがここに表れているのです。

また、ザッポスのWebサイトは、「リアルタイム・インベントリー」と呼ばれるポリシーのもとに運営されています。これは、「受注後、即発送できる商品しかWebサイトに載せない」ということです。ですから、在庫がなくなった商品はすぐさまWebサイトから取り下げられますし、仮に入荷済みの商品でも、入荷ドックに積んであるうちは「販売可能」とはみなされず、Webサイトに載せられることはありません。

皆さんは、ネットで商品を発注して、後日、「在庫切れでした」というeメールをもらってがっかりした経験がないでしょうか。靴やアパレルなどの買い物をする時は、発注ボタンを押した途端に、商品を受け取る期待で胸が高鳴るものです。それなのに、在庫が切れていたのでは、顧客を失望させ、ともすれば怒らせることになります。「リアルタイム・インベントリー」というポリシーを貫き通すことによって、ザッポスは顧客の期待を裏切ることのないよう、万全を期しているのです。
サービスの享受者は顧客だけではない!

ザッポスでは、サービスを受けるのは顧客だけではありません。例えば、経営陣から社員へのサービス。CEOのトニー・シェイは、毎月一度は社員食堂のキッチンに立ち、自ら社員にランチを振る舞います。

また、取引先の営業担当者に、UPSの着払いサービスも提供しています。商談に持参する商品サンプルは重く、かさばるものですが、それをザッポス本社に無料で送れるようにすることで、取引先の担当者へのねぎらいを表現しているのです。

そして極めつけは、社会へのサービスです。ザッポスは、社内を見たいという人に見学ツアーを提供し、必要とあれば空港やホテルへの送迎サービスも提供しています。「サービス」を対顧客のサービス、あるいは「本業に付随して発生する処理業務」として定義していたとしたら、この発想は出なかったはずですね。

しかし、サービスを会社の存在意義として、絶対価値を創造するものとして定義することにより、他社にはない画期的な発想が誕生したのです。「ソーシャルな時代」には、従来からのサービスの定義は通用しない。顧客サービスが重要だというのは、言い過ぎなほど言われていることですが、その根本にかえって、どんなサービスを、何のために提供するのかを見つめ直すことが必要でしょう。それを、ザッポスの事例から学ぶことができると思います。

*本記事は月刊『アイ・エム・プレス』(179, 2011-4)に掲載されました。