研究広報誌 『AD・STUDIES』: 企業文化を築けば、マーケティングは後からついてくる!

最大の経営フォーカスは「企業文化の育成と強化」

今、アメリカで最も旬な企業「ザッポス」を皆さんはご存知だろうか。

ザッポスは米ラスベガスに本社を置くネット通販会社である。主力商品は靴とアパレル。1999年、ネット・バブルの全盛期に設立され、10年足らずで年商10億ドルを突破。米国の靴ネット通販市場において、約3分の1といわれる圧倒的な市場シェアを握っている。1920年代の世界大恐慌以来、最大の不況の只中にあるアメリカで、今なお年率25%の成長率を誇る、まさに驚異的な企業である。

売上成長の目覚ましさもさることながら、2011年にはフォーチュン誌の「最も働きたい会社第6位」、全米小売業協会の「顧客が選ぶベスト・カスタマー・サービス第1位」、2010年には同じく全米小売業協会の「最も革新的なリテーラー」など、多分野からの賞賛を受け、あらゆる記録を塗り替えていること、枚挙にいとまがない。

2009年にネットの巨獣アマゾンに12億ドルという巨額で買収され、日本でもようやく注目されるようになったが、アメリカのビジネス界では、「次世代経営の最先端を行く」として最も尊敬される企業のひとつでもある。

ザッポスの「すごさ」を一言で表すと、「社員・顧客・社会に熱愛される会社」だということになる。そして、ザッポスは、「サービス・カルチャーの育成と強化」を経営の最優先課題とすることによって、これを実現するに至った。最高経営責任者のトニー・シェイは、「企業文化を築けば、成果は後からついてくる」と言うが、その言葉を少しもじれば、「企業文化を築けば、マーケティングは後からついてくる」。「マーケター」としてのザッポスの成功の秘密は、ザッポスが頑なに守り続けるその「企業文化」にあったのである。

モノ売りではなく、「サービス・カンパニー」であるという宣言

創業から5年目のある日、自らを「たまたま靴を売っているにすぎないサービス・カンパニー」として再定義したことが、ザッポスの未来を決めたと言っても過言ではない。

本当の売り物はモノ(靴)ではなく、「サービス」であるという宣言。それ以来、「世界最高のサービスを提供するには」という命題に照準を合わせ、事業運営のあらゆる側面が研ぎ澄まされてきた。

まず、年中無休、24時間営業のコンタクトセンターを実現するために、本社をサンフランシスコからラスベガスに移転した(他社のコンタクトセンターも数多く所在するラスベガスでは、人材の確保がしやすい)。そして、一部の在庫をメーカーに頼る「ドロップ・シップ」をやめて全在庫モデルに切り替え、これまた24時間営業のフルフィルメント・センターの運営を始めた。

さらに、前代未聞のサービス・ポリシーの数々を導入し始めた。送料・返品すべて無料。
ほとんどの顧客に、発注した翌日には商品を届けるという「サプライズ・アップグレード(驚きのアップグレード)」。購入後365日以内であれば、いつでも返品を受け付けるという寛大な返品ポリシー。

でもそればかりではない。顧客への対応からして、まるで型破りのコンタクトセンターが誕生した。

マニュアルもスクリプトもなく、各オペレーターがそれぞれの個性を発揮し、顧客との会話に興じる。顧客を満足させるためなら「何時間話しても(最高記録は7時間半)、ほとんど何をしてもかまわない」と表現されるほど多大な権限がすべてのオペレーターに与えられている。

それは、ザッポスが目指すのが、WOW(驚嘆)のサービスの提供だからである。
受注や返品、苦情対応などの「処理業務」では決してない。WOW(驚嘆)の基準は人によって違うから、各オペレーターは、それぞれの顧客をできるだけ深く理解し、その顧客と心のつながりを築くように努める。「個」対「個」の触れ合いから、唯一無二の感動体験が生まれることを目指しているのだ。

結果として、「顧客サービス」は、ザッポスにとって「最も効果的なマーケティング」になっている。

感動のサービスを体験すれば、顧客はまたザッポスで買い物をしたいと思い、その体験について人に話したくなる。その理論を裏付けるように、ザッポスのリピート顧客率は75%、新規顧客の43%が口コミを通して獲得されている。

一般の会社がテレビなどマスメディア広告につぎ込む経費を、ザッポスでは代わりに顧客サービスに投資している。そして、そこから同等、いやそれ以上の成果を生み出しているのだ。

企業文化を築けば、サービスは後からついてくる!

「サービス・カンパニー」として自らを定義したザッポスは、その土台となる「サービス・カルチャー」を築くことにまずフォーカスした。

サービス・ポリシーや仕組みは、どんなに気の利いたものでもいずれは他社に真似されてしまう。ならば、唯一無二のサービス体験を創るためにはどうするか。他社の模倣を許さない「ザッポス・ブランド」のサービスを築くには、人(社員)がザッポスのサービス魂を会得し、その上で自分にしかできないサービス伝説を編み出すことだと、ザッポスでは考えた。

顧客一人ひとり、社員一人ひとり、そして状況によって、サービス体験はそれぞれ異なる。百人の顧客、百人の社員、百件の対話があれば、百万通りのサービス体験が生まれるはず……。

それを実現するためには、「サービス・カンパニー」としての価値観を社員全員が共有し、その価値観に沿った考え方、行動、言動を徹底することが唯一の道だと、ザッポスは知っていたのだ。

だから、ザッポスでは、企業文化の中核となる価値観(「コア・バリュー」)を定めて、採用から教育、人事評価に至るまですべての判断基準とした。最もよく知られているものには、第1カ条の「サービスを通して、WOW(驚嘆)を届けよ」、そして第3カ条の「楽しさとちょっと変わったことをクリエイトせよ」などがある。コア・バリューに基づく面接試験があり、どんなにスキルや経験があっても、コア・バリューを共有しない(ザッポスのカルチャーに合わない)人が採用されることはない。

コンタクトセンターにマニュアルやスクリプトがないのも、代わりにコア・バリューがオペレーターの行動規範として徹底されているからである。こうして、ザッポスは、人(社員)一人ひとりによるブランド化されたサービス体験の創造を可能にしたのである。

企業文化を築けば、なんでもマーケティングになる!

ザッポス自身が言っていることではないが、私は、ザッポスにとって最も効果的なマーケティングは、実は「カスタマー・サービス」ではなく、「企業文化」だと思っている。

先ほど引用したが、「サービスを通して、WOW(驚嘆)を届けよ」、「楽しさとちょっと変わったことをクリエイトせよ」などのコア・バリューを基盤として、ザッポスは社員と顧客をハッピーにする企業文化を築き、社員や顧客、ひいては社会に熱愛される会社になっている。これより強力なマーケティングは存在しない。

従来型のマーケティングでは、顧客ウケするようなイメージやメッセージをこしらえて、世に向けて発信し、顧客が興味をもってくれることを祈る。しかし、ザッポスの場合、ザッポスの実体に支えられた愛すべきイメージやメッセージがもう既に存在して、それに引かれて顧客が集まってくる……という好循環が成り立っている。

「ソーシャル・メディアの申し子」と称されるザッポスだが、その実践に複雑な仕掛けやからくりがあるわけではない。ザッポスがソーシャル・メディアで行っている主な活動は、「ザッポス・カルチャーの伝道」である。そして、それが結果的には、いわゆる「マーケティング」としての効果を発揮している。

ザッポスの社員ブログ、そして、「ザッポスTV」と称するビデオ・ブログでは社内での諸々の出来事が紹介される。つい最近では、毎年恒例のピープ・アート・コンテストの出展作品が紹介された。「ピープ」とは、復活祭の時期になるとスーパーにお目見えするアメリカの国民的お菓子で、ピンクや黄色でカラフルに着色されたヒヨコの形をしている。この「ピープ」を材料に、ザッポスの社員有志が見事に手のこんだアート・ディスプレイを製作し、賞を競いあうのである(本当に信じられないほど芸術的で、一見に値する)。これは、「楽しさとちょっと変わったこと」の表現でもある。

ザッポスを一躍有名にした「ツイッター」の活用も、実際には社内のコミュニケーション/チーム・ビルディング・ツールとして始まった。ツイッターを通じて社員たちが勤務時間外でも手軽に交信しあうことで、社員間の交流が深まり、文化が強化されると期待したのだ。いわば、「インターナル・ブランディング・ツール」として導入されたと言えるかもしれない。今でこそ、社外に向けての情報発信も意識してはいるが、一般社員のつぶやきの大半は、ランチの相談や飲み会の通知など、他愛もないことである。それでも、「世の中の人にザッポス・カルチャーをより良く知ってもらうきっかけになっている」とザッポスは考える。

コンタクトセンター社員によって切り盛りされる、顧客サービス用の公式ツイッター・アカウント@Zappos_Serviceでも、何も特別なことをしているわけではない。ザッポスでは、「ソーシャル・メディア」を「人と人がつながるためのメディア」として捉えている。その意味では、「電話だって立派なソーシャル・メディア」だとザッポスは言う。ソーシャル・メディアの「メディア」ではなく、「ソーシャル」に重点をおいて、電話での顧客対応同様、社員と顧客との触れ合いによる感情体験の創造を目指しているのだ。

ソーシャル・メディアの話からは逸れるが、ザッポスが提供する「社内ツアー」もザッポスのカルチャーを伝道する「媒体」として作用している。楽しく、ちょっと奇抜なザッポス本社の様子を一目見たら、誰でも人に話したり、ブログに書きたくなるだろう。それまでザッポスの顧客でなかった人でも、試しにザッポスで買い物をしたくなるかもしれない。

また、ザッポスでは毎年、「ザッポス・カルチャー」に関するエッセイを社員から募集し、「カルチャー・ブック」を制作している。誤字、脱字以外の編集は加えられず、ザッポス社員の「ありのまま」の声を集めたこの文集を、ザッポスでは社外の人にも無料で配布している。数百ページにもわたる分厚い本だが、数ページ読むだけで、ザッポスの社員たちの会社に対する愛情、お互いへの愛情が伝わってきて、なんとも言えず心温まる気持ちになる。読み手に、ザッポスをもっと好きにさせてしまう。これ以上効果的なブランディング・ツールが存在するだろうか!

近代マネジメントの父、ピーター・ドラッカーは、「マーケティングは経営そのものである」と言った。この理論を具現化したのが、まさしくザッポスだ。ザッポスは、マーケティングをツールや技巧の観点から捉えず、「どういう会社をつくるか」という根本の部分にフォーカスした。「人に愛される会社」をつくれば、その会社がとるすべての行動はこの世で最も魅力的なブランディングになり、最も強力なマーケティングになる。「企業文化を築けば、マーケティングは後からついてくる」ということである。

*本記事は公益財団法人吉田秀雄記念事業財団発行研究広報誌『AD・STUDIES』(Vol.36 Spring 2011)に掲載されました。
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