これからの「売れる仕組みづくり」は「個」客とのつながりづくり

ザッポスの奇跡』発刊とほぼ同時に、弊社オフィスで運営している書籍連動サイトに加え、ツイッターでの活動を始めた。そこで、私個人が体験していることが、中小企業のマーケティング活動におけるヒントにもなると思い、今回は本のマーケティング活動を通して私が得た洞察について書いてみたい。
つい最近までは、「マーケティング」というとアウトバウンド・マーケティング、つまり、企業主体の活動だと認識されてきた。社内の「専門家(マーケティン グ部門)」が知恵を絞り、顧客の興味や関心を引くメッセージやキャンペーンをひねり出す。それを市場や顧客に対して発信し、購買という行動が促されるのを期待する、ということが従来的な形だった。
ネットそのものの発達や、ブログやツイッターなどの、いわゆる「ソーシャル・メディア」の発達・普及によって、「インバウンド・マーケティング」というコ ンセプトが注目を浴びてきている。これは、マーケティングを顧客主体の活動として認識する考え方である。私自身、ツイッターには、アメリカのビジネス界に おけるひとつの現象として2年ほど前から着目してきたが、利用者として関わってみて初めて、「顧客主体のマーケティング」ということが実感できた。
英語では、小鳥のさえずりを表す「ツイート」という言葉を、日本語では、「つぶやき」と訳しているが、なるほど、うまい言い方をしたものだと感心する。ツ イッター上では、老いも若きも、実に様々な人が思い思いのことを「つぶやいて」いる。声をはりあげて演説するほどのことでもない。何気ない、「独り言」 や、あるいは井戸端会議的ひとことである。
「他愛ない」と言ってしまえばそれまでだが、そこには驚くほど密度の濃い「市場の本音」や「顧客の心情」が溢れている。企業にとっては、願ってもない「リスニング・ツール」であるわけだ。従来型のマーケティングでは、企業がマス・メディアというメガホンを手に、その主張を拡声して市場に伝えていたわけだ が、現在起こっているウェブの動きは、ソーシャル・メディアという名のメガホンを個人が手にしたおかげで、今度は顧客の主張が世の中に響き渡るようになった、というようなものだ。
私も、著者として、自分の会社のオフィスに居ながらにしてツイッターを通して拙著に関するつぶやきに耳を傾ける、という恩恵を受けている。日本とアメリカ、という地理的にも離れた場所で、読者の皆さんが本のどんなところに共感を覚えたのか、あるいはどんなところに疑問を感じたのか、それが耳に入ってくるということはとても幸せなことだ。また、もっと驚きなのは、つぶやきを発している読者の顔が見えるということである。プロフィールに顔写真を載せている人だと、文字通り、「顔」を見ることができるし、職業や年齢、趣味や関心などがわかって、個々の読者を多面的に知ることができる。
さらに、その読者ひとりひとりに、話しかけることもできる。オフラインの世界では、到底知り合う由もないような人たちと出会うことができるのだ。私も、ツイッターを通して、ザッポスの理念に共感する人たち、ザッポスのような経営やサービスの実践を目指している企業の皆さんに出会うことができた。私は東京出身だが、日本の中でも、自分ではまだ訪れたことのない地方で「小粒でもピリリと辛い」会社を経営しておられる人たち、ザッポスのような「奇跡の会社」にな ることを目指しておられる中小企業経営者の方々に出会うことができて、多少大げさなようだが、日本のビジネス界に関してたくさんの希望を感じることができた。
「著者」という視点での恩恵を述べてきたが、これは、「企業」の視点に容易に置き換えることができる。私は、ツイッターのつぶやきに耳を傾けて、現在、取 り組んでいる三冊目の著書に関するアイデア創出につなげている。日本のビジネス界に身を置く皆さんが、どういった悩みや関心を持っておられるのかを知ることによって、より読者に価値ある本を書くことができると思っている。これを企業の「商品開発」に置き換えて考えるのは容易いことだ。
顧客と「対話する」ということは、企業にとって究極の夢だと思うが、昨今ではウェブのおかげでこれを実現することができる。それも、顧客に「ものを売る」 という立場から話しかけるのではなく、顧客のことをもっと知る、顧客に、自分たちの会社をもっと知っていただく、という、人間的に深いレベルでのコミュニケーションを実行することが可能になっている。それでいて、顧客の声に耳を塞ぎ、顧客との対話を拒む、「お客様恐怖症」や「お客様嫌い」な会社が多いことには驚かされる。
「お客様第一」を標榜しつつ、実質を伴わない企業の本性が暴露されやすい時代になった。「売れる仕組み」をテーマに連載を進めてきたが、小手先だけの「売れる仕組み」は長続きしないし、お客様の心をつかむパワーをもたない。「ソーシャル・メディア」も、ただツールを使えばよいという考えは通用しない。むしろ、企業をかたちづくる、社員ひとりひとりを顧客の目の前にさらけ出して、会社の心や魂を見てもらって、そこに共感を抱いていただけるか、それが問われる時代になった。そうなると、本当の「売れる仕組み」は小手先の問題ではなく、中身の問題になる。社員の「個」が、顧客の「個」との触れ合いに耐え得るくらいに確立されているか。企業のメッセージが、社員の行動や言動を通して、お客様の心に触れ、感動を与えることができるか。その根っこは、突き詰めれば会社の文化の堅固さにある。
アメリカでは、カスタマー・サービスやセールス、マーケティングなど、企業のあらゆる機能分野が、「顧客接点」をキーワードに融合する、ということが盛んに叫ばれている。それは、「顧客との触れ合い」こそが、企業にとって最も有効な競争戦略になっているからだと私は思う。売れる物づくりや販促手法より、何より、人づくり、人をつくる仕組み(文化)の構築が、今後の経営者にとって最も問われる力量になっていくだろう。