アメリカでは、とりわけ元気な小中規模企業が静かなる話題を呼んでいます。「スモール・ジャイアンツ(小さな巨人)」と呼ばれる企業たちです。
発端は、小中規模企業の経営者や企業家を読者対象としたアメリカのビジネス誌「Inc.(インク)」の編集者だったボー・バーリンガムが2006年に上梓した著書『スモール・ジャイアンツ』です。同書の中でバーリンガムは、「大きくなること」ではなく、「偉大な会社になること」を志しつつ、逆説的に目覚ましい成長を遂げる小中規模企業を「スモール・ジャイアンツ」と名付け、世に紹介しました。
すると、スモール・ジャイアンツの思想は大きな反響をもたらしました。この思想に共感した経営者たちが、全米各地から「われこそはスモール・ジャイアンツ」と次々と名乗りを上げ始めたのです。拝金主義が幅を利かせた2000年代初頭までは、企業の偉大さは「規模(業績)」によって測られると長らく信じられてきたように思います。しかし近年、声を大にしてそれに異論を唱える企業が出現してきました。
偉大さはお金では測れない。むしろ、地域社会にどのように貢献しているか、顧客の心を揺さぶるサービスを提供できているか、そして、従業員とその家族を幸せにする企業文化を築けているか、それこそが偉大なる企業の証しだと信じ、行動する企業が、アメリカ生活者の支持を集め、頭角を現してきたのです。
「小さな巨人」企業に共通する6つの要素
小さくても偉大な会社をつくるには、以下の6つの要素が必要です。
- リーダーが己を知り、何を目的としてビジネスに従事するのか、結果として何を得たいのかを心得ている
- 地域社会と深いつながりを持っている
- 顧客や取引先と人間的な付き合いをしている
- 「人の全てを大事にする」という考えに基づき、愛情のある企業文化を築き、実践している。オーナー、経営者、従業員がお互いに対する責任を理解し、お互いを尊重している
- 会社の事業や意義に対して、リーダーが並々ならぬ情熱を抱いている
- 健全なビジネスモデルを持ち、利益確保にしかるべき注意を払っている
スモール・ジャイアンツの経営者たちは、売上げや利益の確保とは別のところに、会社を存続させる目的や意義を定めています。
企業は「地域社会あってこそ」の存在であり、地域社会に価値を還元する義務があると信じています。そのため、地域社会の発展に貢献する活動を従業員を巻き込み積極的に行っています。
顧客を単なる収入源、取引先をただの供給者として捉えるのではなく、会社の目的を達成するための協力者として、密接な関係を築いています。
スモール・ジャイアンツは、「企業は人の集合体である」ことを認識し、会社で働く従業員一人一人に最高の力を発揮してもらえるように、「人を大切にする文化」を築いています。
リーダーが会社のあるべき姿や使命を明確な言葉で表現し、社内外の人が理解できるようにしています。そんなリーダーの情熱に心を揺り動かされ、従業員や顧客が集まってくるのです。
企業は営利団体である限り、自らを存続するに足る利益を確保していく義務があります。また、「従業員を大切にする」ということは、従業員が長期的に働き、職業人としても個人としても成長していけるような安定した職場を提供するということでもあります。
ここでは、これら6つのことを実践し、地域の共同体において尊敬され、顧客に愛されるとともに、生産性の高いビジネスを展開している日米の企業の事例を見ていきたいと思います。
【米国発】地域に「集いの場所」を提供するピザ店
米中西部の産業の中心地として古くから栄えてきたシカゴから北西に1時間ほど車を走らせた湖畔の町に、そのピザ店はあります。緑が目にまぶしい木々を背景に、ログハウス風の建物。重厚な鋼のハンドルを引いて扉を開けると、所狭しと飾られた剥製やアンティーク家具が目に飛び込んできます。「前職は大工」というオーナーのニックさんが、自ら設計、建造を手掛けた手づくり感いっぱいの店です。
合計500席を備える2軒のレストランを拠点に、宅配やケータリングサービスも運営するニックさんの会社は、独立系のピザ店としては全米で上位5本の指に入る売上げを誇ります。成功の秘密はずばり、「人」重視の企業文化にあるとニックさんは言います。剥製やアンティーク家具に囲まれ、レストランの入り口で私たちを迎えてくれるのは同社の「意義宣言書」と「コア・バリュー(中核となる価値観)」です。意義宣言書には次のように書かれています。
「地域住民の皆さんに、家族や友人と集う場所、まるでわが家のように居心地よく楽しめる忘れ難い体験の場を提供します」
この意義宣言書と併せて、「尊厳と尊重」「学びと成長」「楽しさ」「つながり」「オープンで正直、かつ明確な意思疎通」など12のコア・バリューを示す言葉が、レストランや事務所の至る所にちりばめられています。そして、これらの言葉がただの「標語」として掲示されているのではなく、ニックさんを筆頭に同社で働く全ての人の意思決定や言動の中核を成すものとして、日々実践されているのです。
仕事を通して人としての「在り方」を学ぶ
ニックさんの会社では、正社員とアルバイトの区別なく従業員は誰でも、採用決定直後に土曜、日曜の2日間にかけて行われる研修に参加することが義務付けられています。厨房スタッフも接客スタッフも合同で行われる研修は、実は業務を教えるものではありません。
ニックさんの店を訪れた際に、高校生と思われる6、7人の研修風景に出くわしました。フリップチャートに記されたトピックを見ると、「問題解決のプロセス」「姿勢重視の原則」「コミュニケーションの基本原則」などといった項目が並んでいました。このように、ニックさんのピザ店の研修では、会社のコア・バリューに基づく「考え方」を学ぶのです。
例えば、問題解決のプロセスとは、問題がある際には、常に会社の存在意義やコア・バリューを物差しにして判断を下すというもの。また、コミュニケーションの基本原則とは、「自分の主観を事実として話すのではなく、『自分としては~と感じる(思う)』などのような言い方をすることによって、人を不当に非難したり、いたずらに気持ちを傷つけることを避ける」といったようなことです。このような原則を、2日間を通してみっちり教えられ、演習を通して身に付けていくのです。
ピザを焼く人、給仕をする人を育てるのではない、従業員の人生に貢献するのだというニックさんの姿勢は、同社の教育プログラムや「学ぶ環境づくり」に色濃く反映されています。同社には、厨房スタッフ、接客スタッフそれぞれに認定プログラムがあり、業務に必要とされる技能を身に付けるたびに給料が上がっていく仕組みになっています。
また、「管理者コース」もあり、たとえ厨房や接客から始めた人でも、志さえあれば将来店を任されることも夢ではないのです。
「ニックさんの店で働くようになって、うちの子は変わった。責任を持って行動するようになったし、家での会話も増えた。本当にありがたいことです」と、従業員の保護者からお礼を言われることもあるそうです。
ニックさんの店は、単に「給料をもらうところ」ではなく、人としての「在り方」を学ぶ、人生の教室なのです。こういった場所を提供することにより、ニックさんは従業員の家族からも愛され、地域社会に価値をもたらす会社をつくっているのです。
【日本発】仕事を通してお客の人生を守るタクシー会社
日本にも世界に誇るべきスモール・ジャイアンツが多数存在しています。その中の一社で、長野市の中央タクシーを紹介します。
風の冷たい11月のある日のこと、長野駅前から車で30分ほど山の中に入った場所にある中央タクシーの本社を訪ねました。こんな所に会社などあるのだろうかと思っていると、うっそうとした緑の中に、プレハブの質素な建物が見えてきます。「タクシー会社の『店』は車であり、お客さまが会社にいらっしゃることはほとんどない。ならば、単なる見栄で会社を豪華にするよりも、お客さまの役に立つことや従業員の教育にお金を掛けよう」という判断から、山奥に本社を置くことに決めたそうです。
中央タクシーの存在意義はずばり、「仕事を通してお客さまの人生を守る」こと。同社の憲章の冒頭の言葉は次のようなものです。
『我々は、長野県民・新潟県民の生活にとって必要不可欠であり、
さらに交通弱者・高齢者にとってなくてはならない存在となる。』
同社では、雨の日には乗務員が傘を差してお客さまを出迎え、乗降の際には乗務員が車を降りてドアを開閉するサービスを徹底しています。また、たとえ300mの超近距離でも、快く車を走らせるのです。健常者には「たったの300m」でも、お年寄りや体の不自由な人にしてみれば気の遠くなるような距離です。
「以前は病院に行くためにタクシーを呼ばなければならないと思うと、それだけで気が重かったのが、中央タクシーさんに出会って『生きる勇気』をもらった」「中央タクシーさんの車を見掛けるだけで幸せな気持ちになる」など、会長の宇都宮恒久さんの元には、中央タクシーのサービスに心を動かされたお客さまからの感謝の手紙が毎日のように舞い込むそうです。
こんな「真心のサービス」が地元住民の熱烈な支持を得て、中央タクシーは90%が予約運行で、1台当たりの月間売上げは長野県内の同業他社の2倍。地方のタクシー会社の9割が赤字といわれる中、その収益力は国内大手タクシーに匹敵するなど目覚しい成果を挙げています。
仲の良い会社こそ良いサービスが提供できる
「社内の良い人間関係こそが、良い顧客サービスを生み出す」と、宇都宮さんは語ります。ぎすぎすした雰囲気の中で、皆がいらいらしながら仕事をしていては、お客さまに笑顔で気持ちの良いサービスが提供できるわけがありません。ですから、中央タクシーでは、社内の絆を育むことにあらゆる工夫が施されています。
タクシーの乗務員さんというと、一日中単独で仕事をする「一匹狼」のイメージがありますが、中央タクシーではチームをつくり、より良い顧客サービスの提供について語り合ったり、士気を高めたりするための取り組みを行っています。毎朝必ず、互いにハイタッチを心掛けるチーム、お客さまへのあいさつを替え歌にのせて合唱するチームなど、会社が決めた「決まり」ではなく、チームの中から生まれたアイデアを取り入れ実行しているところも同社の特徴です。
また、中央タクシーには「ハートフルカード」というものがあり、従業員が経験したちょっと良い出来事を記入し、本社の壁に掲示しています。「妻が2人目を妊娠していることが分かりました」「○○で日本鹿を見掛けました」など、必ずしも仕事に関連することではなく、日常の中の心温まる出来事を共有することにより、会社の皆がお互いについてよりよく知り、心のつながりを深めることに役立てています。
気持ち良く働ける仲間がいるから会社に来るのが楽しい。自分のことを真心を持って気に掛けてくれる職場があるから、自分も心からお客さまを喜ばせたいと思い、そのためにはどうしたらよいか自然と考え、行動できる。「従業員満足が顧客満足の源」というのは経営学の世界では久しく語られてきたことですが、中央タクシーではこれを理屈でなく実践しているのです。
「小さな巨人」になるための3つの出発点
それでは、小さくても偉大な会社をつくるためになすべきこととは何でしょう。出発点は、「リーダーが会社の存在意義を見極める」ことにあると思います。
- リーダーが会社の存在意義や大切にしたいコア・バリューを見極める
- リーダーが社内外に「思い(存在意義やコア・バリュー)」を発信し、共感を得る
- 思いの実体化に従業員を巻き込む
経営者や起業家なら誰でも、単なる金儲けを超えた志や思いを持っているはずです。原点に返って、「何のために会社が存在するのか」「どんな価値を世の中に提供したいのか」「会社が目的を達成する上で、行動の指針となるコア・バリューは何なのか」を見極めることから、全てが始まると思います。
リーダーの頭の中で存在意義やコア・バリューが明確になり、それが従業員に伝わり、共感を得られなければ会社は変わりません。朝礼、勉強会、あるいは従業員との一対一の会話、メールや掲示板などあらゆる媒体で、手を替え品を替え、思いを伝える努力が必要です。
ただし、発信したからといって、必ずしも共感が得られるわけではありません。中央タクシーの宇都宮さんは、社内でのあいさつを徹底させるだけでも数年単位の時間がかかったと語ってくれました。一度思いを伝えただけでは受け入れてくれない、反発する従業員たちもいます。その人たちに思いが伝わるまで根気よく訴え続けたのです。「伝わるまで毎日、1万回でも言い続ける」とは宇都宮さんの言葉ですが、初めから賛同が得られなくても諦めない辛抱強さが必要だと思います。
会社の存在意義やコア・バリューがリーダーからのお仕着せではなく、従業員自らの言動に生かされて初めて、会社の文化として育まれていきます。そのためには、従業員の声に耳を傾け、リーダーの思いと、「こんな会社で働きたい」という従業員の思いを擦り合わせて、会社の制度や試みとして実体化していくことが必要だと思います。
「やらされている」感がある限り、人は本気にはなりません。反対に、「自分の行動や発言に力がある」と思えば、おのずとやる気が湧いてきます。小さなことでもいいのです。従業員が自らのアイデアを実体化できる機会や場を与えることが重要だと思います。
ニックさんのピザ店では厨房と事務所をつなぐ地下通路の壁に12のコア・バリューをペイントし、従業員が寄せ書きをしていますが、これはある従業員のアイデアを取り入れたものです。会社の方針に関わることではなく、莫大なお金が掛かることでもありませんが、従業員の会社に対する愛着やオーナー意識を高めるのに大きな効果を発揮しています。
最大公約数の時代から「個」の時代へ
1980年代から90年代にかけて、アメリカではウォルマートやトイザラスといったいわゆる量販店や、「カテゴリー・キラー」などと呼ばれる大型店舗が爆発的な成長を遂げました。「大きいことはいいことだ」と言わんばかりに、できるだけ多くの顧客にできるだけ大量のモノを売ることが、重要視されてきた時代でした。
しかし、90年代後半から2000年代にかけてのインターネットの普及は生活者のメンタリティを大きく変えました。時代は「マス」の時代から「個」の時代へと大きく変貌を遂げたのです。昨今では、ソーシャルメディアを通じて企業が一生活者に話し掛けたり、データ解析により個人のニーズを特定し、商品やサービスの個別化を行うことが可能になってきています。
このような社会の変化はネット上のビジネスだけではなく、本記事の中で事例として挙げたレストランやタクシーなど「リアル」のビジネスの在り方にも多大な影響を与えています。「より多くの人に、より大量のモノを売ることができさえすれば、質の劣化やサービスの希薄化はやむを得ない」のではなく、「一人一人のお客さまと真摯に向き合い、今、目の前にいるお客さまのニーズを心を込めて、丁寧に、確実に満たしていくことの方が重要だ」という考え方がだんだんと主流になりつつあると感じます。
人は、誰でも「一人の人間」として尊重されたい、周りの人を幸せにし、世の中の役に立つ存在になりたいと望んでいます。突き詰めれば、スモール・ジャイアンツとは、商いにおける売り手と買い手の間の壁を取っ払い、「企業人」としてではなく、「生活者」としてより良く生きる、より良い世の中をつくることを目指した経営の在り方なのです。このような企業が増えれば、より生きやすい、より幸せな世の中になると私は確信しています。
*本記事は『商業界』(2014年6月号)に掲載されました。