コア・バリュー経営に学ぶ「思いやりの人事」

大きくなることではなく、偉大な会社になることを目指す「スモール・ジャイアンツ」

今からもう2年ほど前のことになりますが、コア・バリュー経営の研究をする中で、「スモール・ジャイアンツ」と呼ばれる企業たちに出会いました。「スモール・ジャイアンツ」とは、「大きくなることではなく、偉大な会社になること」を目指し、高い顧客満足と従業員エンゲージメントを実現し、業界や市場の平均を上回る著しい成長を遂げて米国のビジネス界で注目を浴びている小・中規模企業のことです。この「スモール・ジャイアンツ」たちが、私が長年の研究を体系化し開発した経営手法「コア・バリュー経営」をまさに実践し、堅固な企業文化を築いて愛情溢れる会社を育んでいることが私の注意をひきました。

下記は、現在、アメリカのスモール・ジャイアンツたちが行っているリサーチ・プロジェクトにおいて、企業リーダーにとっての思いやりの重要性を示す発見について米国リサーチ・スタッフが著したものを私が咀嚼し、日本の読者にわかりやすいようにまとめたものです。文中には、私の見解も盛り込んであります。

 

尊厳ある解雇

最近、優良企業における企業文化と業績の関連性について検証を試みるリサーチ・プロジェクトの一環としてインタビュー調査を行っていた時のことだ。ある会社の話で、仕事上問題を抱えている従業員に対して思いやりをもって指導することに取り組んでいるという話を聞いた。そして、他に術がなく、従業員を解雇しなければならないという状況になった時には、従業員の尊厳を保ち、自尊心を損なわない方法で行うように努めているという。

それを聞いてなるほどと思った。だが、これから会社を去ろうという従業員を尊重して対処するのは、別にその従業員のためだけではない。会社に溶け込めずに問題を抱えている人、これから会社を去ろうという人に思いやりをもって接し、最良のやり方で決別することは、会社の仕事環境や他の社員のやる気の向上にもつながるのだ。

これをよく物語る事例をひとつあげよう。

 

ベリルヘルスの「決断の日」

ベリルヘルス社はテキサス州ダラス郊外の町に本拠を置く医療サービスの会社である。同社には「決断の日」と呼ばれるものがある。この「決断の日」について、同社の人事担当役員にお話を聞いた。

従業員が会社の求めるような成果をあげられない、また、企業文化に合わないなどといった理由で困難な状況にある場合、同社では直属の上司や、あるいは会社のリーダー自らが問題の解決のためにコーチングを行うように努めている。しかし、それでも問題が是正されない場合、そのためにあるのが「決断の日」だ。

 

「思いやり」が変える「会社のムード」と「生産性」

「決断の日」には、問題を抱えている従業員と面談を行う。その人に、会社がチームの一員として活躍してほしいと心から望んでいること、会社としては採用の決断が正しいものであったと信じていることを明確に伝えた上で、その日は面談後直ちに従業員に家に帰ってもらうというのだ。これは、従業員に職場を離れて、冷静な気持ちで今後の身の振り方をじっくり考えて「決断」してもらうためである。もちろん、その日の給料はちゃんと支払われる。「自分にとって、この会社はほんとうにふさわしい場所なのか」。「問題を是正し、会社の期待に応えることができるだろうか」。「この会社で働くことが自分の幸せにつながるのか」。・・・そういった諸々のことについてじっくりと考え、決断を下すように促す。もし、「この会社で働くことは自分にとってはマイナスにしかならない」と判断するのであれば、翌日に出社し、その旨を伝えればよいだけだ。しかし、もし、「この会社でやっていきたい」と思うのであれば、その決意を書面にして提出してもらうようにしているという。

ある時、車の故障を理由に遅刻ばかりしている従業員がいたが、この「決断の日」を境に新車を購入しはつらつと職場に戻ってきた。また、同僚と口論が絶えないということで周囲の非難を受けていた従業員は、一日をより前向きな姿勢で始めるための試みとして、朝の通勤時に政治問題についての討論番組を聴くのをやめるということを決意表明書に書いて持ってきた。(この番組を聴くことが気持ちの苛々につながっていたという理由から。)決断の日を機に辞職する従業員は全体のおよそ30%。しかし、残りの70%は新たな自分に生まれ変わるという覚悟で会社に戻ってくるという。

問題を抱える従業員と向き合うことは容易なことではない。会社において、ここで紹介したような思いやりに溢れたアプローチは稀だ。しかし、前述の調査結果によると、職場で思いやりのある行動や仕組みを実践することは、従業員の前向きな態度や行動を促し、職場の明るいムードを保ち、従業員の定着率や満足度にポジティブな影響を与えることがわかっている。リーダーがどれだけの思いやりをもち、そしてそれをいかに行動に反映させることができるかが、職場のムードづくりや、会社の生産性に大きく関わってくるということだ。

 

「思いやり」の三つの要素

ちなみに、ここで言う「思いやり」の三つの要素とは、他人の感情に「気づくこと」、「共感すること」、そして「対処すること」である。

先のベリルヘルス社の例にあてはめて考えてみよう。

  • まず、リーダーが、会社の求める成果を出せずに悩んでいる従業員に「気づく」。
  • リーダーは従業員の悩みや気持ちに「共感する」ように努める。そして、従業員が成果を出せるようにあらゆる手を尽くしてサポートする。
  • リーダーは従業員に一日考える時間を与え、従業員自身の意志を問うことで「対処する」。

問題を抱えている従業員を「面倒なこと」とみなして目を背けることのほうがたやすい。実際、普通の会社では、リーダーがそうすることで従業員が居たたまれなくなり、会社を辞めざるを得ない状況に追い込まれることが少なくないと思う。しかし、従業員一人ひとりの感情を気遣い、会社の一員として成功できるようにベストを尽くすこと、そして、それがかなわなかった時には、会社を辞めるその日までその人を尊重して向き合うことが、従業員満足度が高く、幸せな職場をつくるためには欠かせない大切なことなのだ。

 

大切なのは、決意表明+問題是正の方策+アクション

ところで、ベリルヘルスが実践している「決断の日」についてひとつ指摘したいポイントですが、大切なことは、「ここの会社でがんばりたい!」という意思を表明してもらうだけではなく、決意表明とともに、問題是正のための何らかのアクションを提案させ、実行に移させているということです。言葉だけでは何とでも言えますが、「~したい」という気持ちだけでは改善につながらないことが世の中にはたくさんあります。はらを割って話すことで従業員に本気で自分の身を省みさせ、そして、行動を引き出す。企業のリーダーは、そういったスキルや「在り方」も学んでいかなくてはならないと思います。

ベリルヘルスの他の取り組みについては、拙著『未来企業は共に夢を見る~コア・バリュー経営』の中でも紹介していますので、興味のある方は是非手に取ってみてください。

*BerlyHealth医療施設のコンタクトセンター業務代行サービスなど、医療関連のアウトソーシング・サービスに特化した会社。

*本記事は米スモール・ジャイアンツ・コミュニティ、Glenn Burr氏の執筆記事をもとに作成したものであり、スモール・ジャイアンツ・ジャパンにも掲載されています。