新世代ネット通販ブランド、ウォービーパーカーの戦略の要は「感情体験」

アメリカで人気のオンラインメガネ屋、ウォービーパーカー(Warby Parker)の「お家でお試しプログラム」を実体験してみた。とはいっても、注文したのは私ではなく、会社のスタッフだ。オフィスに宅配サービスでお試しフレームが届き、さあ試着してみようということで大騒ぎになった。やれフレームが大きすぎるだの、横が出っ張りすぎているだの、ソフトな色がお洒落だのと、試着している本人をそっちのけで外野がうるさい。挙句の果てには「これがいい、これで決まり」など勝手に審判を下す人まででてきて、注文した当人は「ありがた迷惑」という面持ちだったが、なんとも今風なソーシャルなメガネ選びを楽しませてもらった。

ウォービーパーカー(Warby Parker)

日本ではOh My Glassesが同様のサービスを提供しているが、ネット上のカタログから好きなフレームを5種選んでオーダーすると、サンプルが送られてくるというプログラムだ。猶予は5日間。試着が終わったら箱に戻し、同梱されてきた返品ラベルを貼って送り返せばいい。行きも帰りも送料は無料だ。ネットでメガネを買う、という心理的ハードルを乗り越えるために考案されたプログラムは、靴のネット販売のザッポスが、「大きめと小さめのサイズを二つともオーダーして、合わない方を送り返してください」と勧めているのと感覚的には似ている。

似合うか否かを自分で判断するのもそうだが、服やメガネなど身につけるものを買う時、たいていの人は周りの人の意見を気にするものだ。しかし、家族や友人をぞろぞろ連れてメガネ屋に行くわけにはいかない。「お家でお試しプログラム」の醍醐味は、家庭やオフィスで近しい人の意見を聞けるという点にある。ネットでメガネを販売するという足かせを逆手にとり、娯楽性豊かなイベントに変えてしまう工夫なのだ。

ウォービーパーカーは名門校として誉れの高いウォートン・ビジネス・スクールの学生4人が在学中に立ち上げたビジネスだ。今日、レイバンやオークリーを筆頭に世界のブランドものメガネの多くはルクソティカというイタリアの会社により製造され、製造コストの10倍をゆうに超える値段で販売されている。その古めかしい流通構造に待ったをかけ、メガネ消費に民主化をもたらそうと立ち上がったのが、ウォービーパーカーであった。

単純に言えば、デザインを社内で行い、製造も契約工場を抱えて自社で行うことで、価格を劇的に下げることに成功した。アメリカでは、「デザイナーズ・ブランド」のメガネは通常500ドル程度はするが、ウォービーパーカーのメガネはレンズ込みで100ドルから150ドルで入手が可能だ。しかも、価格にこだわりデザインを犠牲にするのではなく、あくまで、「ファッション・ブランド」としての位置づけを貫き通す。ニューヨークのSOHO地区に本社を構え、インテリ層やトレンド・リーダーの支持を集める。意表を突くブランディング活動でも群を抜く。商品の良さが土台にあることは言うまでもないが、それに加えて天才的なマーケターであることがウォービーパーカーの面白さを引き立たせている。

ウォービーパーカー(Warby Parker)

ニューヨークのファッション・ウィークの直前に、ニューヨーク公共図書館を舞台に仕掛けたゲリラ・マーケティング。格調高い読書室に訪問客に混じって座るのはウォービーパーカーのメガネをかけたモデルたち。一定の時刻になり、読みふけっていた本を一斉に高く上げると、表紙にモデルがかけているメガネの名前が披露される。このゲリラ・イベントには、ファッション・ウィークに向けて感性を研ぎ澄ませているファッション誌の編集者たちが招待され(事前に何が起こるかはもちろん知らされていなかった)、奇想天外な趣向で話題をさらった。

ネット通販会社でありながら、米国各地に9軒のショールームを構える。在庫は置かず、顧客は商品を試着して、気に入ったものが見つかれば店に置いてあるiPadで発注する。ものを売るため・買うための店舗ではなく、ブランディング媒体、そして、ウォービーパーカーと顧客の触れ合いの場としての店舗だ。ロサンゼルスのダウンタウンにある「ザ・スタンダード・ホテル」のロビーにはウォービーパーカーとホテルが共同でデザインした古き良きアメリカ風のニューススタンド(新聞や雑誌を売る街角の店舗)がある。新聞や雑誌の傍らにウォービーパーカーのメガネやサングラスが並べられている。クラシックで、お茶目で、インテリ。ウォービーパーカーの顧客層が求めるイメージが見事に集約されている。

また、アメリカではお馴染みの黄色いスクールバスを改造した「移動店舗」を常時走らせ、全米各地を回っている。ハンドル部分にトレイを備え付け、メガネを陳列できるようにした改造自転車で本社界隈を旋回したりもしている。

昨今の若手ネット企業の類にもれず、ウォービーパーカーも、設立当初から「企業文化」を成長戦略の核として位置付けてきた。ウェブサイト上で年頭に発表する「年次報告書」も今年で二年目を迎えた。

「年次報告書」といえば、通常は上場企業が財務情報などを発表するためのものだが、ウォービーパーカーの「年次報告書」には彼らの企業文化を象徴する「豆知識」がたくさんつまっている。社員数などの基本情報に始まって、社員の平均通勤時間、ウォービーパーカーの本社で一年に消費されるサラダの量(注:同社には無料の社員食堂がある)など風変わりなものもある。

ネット通販という業態が台頭した90年代には、ネット通販の優位性は何より「コスト効率」と考えられていた。コストをそぎ落とすために、ひたすらネット上の仕組みに注力し、一方で顧客サービスなど「人」を介するリアルな側面をいかに「効率化」できるかを重視した。

しかし、今日、ウォービーパーカーなどの企業がやっていること・・・、つまり、ショールームを開いたり、移動店舗で各地を回ったり、デザイン性と茶目っ気に富んだ企業文化報告書を制作してウェブサイトに載せたり・・・といったことは、一見、「コスト効率」という概念からはかけ離れたことだ。しかし、あえてそれをするのは、ビジネスを長期的な視野で見た時、顧客とつながること、それも、唯一無二の体験を通して、感情的なインパクトを顧客の心の中に残すことが何より重要であると認識しているからだろう。ザッポスもそうだが、顧客と心でつながることを最強の戦略として位置付けるネット企業が、昨今、数多く台頭してきている。