ザッポス・エクスペリエンス・セミナー in Japan を終えて

(2010. 11. 22)

『ソーシャル時代のザッポスから学ぶ経営革新』と題し、東京にて講演・セミナーを行いました。六十名余りに参加いただきましたが、一年前に『ザッポスの奇跡』を発刊した当初からいろいろとご支援くださった方、また、『ザッポスの奇跡』を通じて出会った方々など、メールやツイッターでのやり取りはあったがフェイス・トゥー・フェイスでお会いするのは初めて、という方も多く、私にとってもとても楽しいイベントになりました。

今日から何回かに分けて、このセミナーの報告をブログに書いていきたいと思っています。

今回の私の講演は、「ザッポスについて過去にいただいた質問の中から、気になるものを十個拾いだしてそれに答えていく形でプレゼンを構成する」という新しい試みでした。

その中から、今日トピックとして取り上げてみたいのは、「ザッポスって、ソーシャル・メディア・マーケティングで有名な会社でしょ?」という質問についてです。

これは、日米ともに、ザッポスについて最も誤解されていることのひとつではないかと思います。ザッポスとしては、「ソーシャル・メディア・マーケティング」なんて言葉は使っていませんし、「マーケティングとしてソーシャル・メディア活動を行っている」と思われるのは全く心外だと思います。本人たちが「そうでない」と言っているのに、それをまったく無視して、彼らの意図を代弁するように話している人たちがいるのは非常に失礼な話ですね。

まず、「ソーシャル・メディア」という言葉ですが、これは、ザッポスの社内では、トニーを筆頭としてとても嫌っている言葉です。アメリカでも日本でも、「ソーシャル・メディアをどう使うか」ということがまるでブームのように取り上げられている中で、ザッポスのひとたちは、あえて「ソーシャル・メディア」という言葉を避ける姿勢をとっています。

むしろ、彼らが好んで使っているのは、「ソーシャル・エンゲージメント」という言葉です。これが、どういう意味なのかということを説明しましょう。

まず、今、多くの会社で交わされている議論というのは、ブログやらツイッターやらフェイスブックやらという、いわゆる「ソーシャル・メディア」をどう使っていったらよいかという議論です。「ソーシャル・メディア」という無料で使えるツールができた。顧客もこのツールを使っている。そして、顧客にアプローチするのに適したメディアらしい。ならば、これを使わなくては、という議論になってしまっているのです。つまり、「メディア」ということにフォーカスが置かれてしまっているわけです。その結果、そもそも、従来型の方法やチャネルでちゃんとしたサービスが提供できていない、あるいは、顧客と対話をできていない、また、顧客の声を聞けていない企業が、その根本をほったらかしにしてソーシャル・メディアに走る、ということが起こっています。そもそも根本のところが間違っているのですから、これがうまくいくわけがないですよね。

ザッポスは、「メディア」にこだわるのではなくて、まず、根本を見直そう、どうやって、「お客さんとエンゲージするか考えよう」ということを主張しているのです。どんなメディアやチャネルを使っても、お客さんと深く関わりあうことができなければ無意味です。また、裏返して言えば、どんなメディアやチャネルでも、お客さんと深く関わりあうことができるし、そうできなくてはいけないということです。

ですから、ザッポスでは、人も電話もソーシャル・メディアだ、といっているのです。「お客さんとつながるのに、電話ほど有効なメディアはない」とまで言っています。しかし、今日、多くの会社が、まず、根本を見直すのではなくて、いわゆるネットの「ソーシャル・メディア」という新しい媒体の出現に沸き立ってしまっているのは残念なことです。

そして、ザッポスでは、ソーシャル・メディア・ポリシーは不要だ、というスタンスをとっています。ポリシーとしてあるのはただ二言だけ。「常識の範囲内で言動、行動すること」、そして、「自分らしくあること」です。これについては、ザッポスのブログ・チームの人が、面白いことを言っていました。ザッポスでは、「ザッポス社員」を演じてもらうために人を雇っているわけではないのです」ということです。

ですから、ザッポスでは、社員がソーシャル・メディアでどんな活動をしているのかを監視したりしません。(そもそもそんなことは不可能でしょうが。)また、社内でソーシャル・メディアを利用することも許されています。「社員が会社についてネガティブなことを言うのではないか・・・という心配はありませんか」とトニー・シェイに質問したことがあります。すると、「顧客でも社員でも、何か不満があればそれを聞きたいと思う。だから恐れてはいない。また、もしその言動が事実に基づかない誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)だとしても、それを信じるか否かは読む人のインテリジェンスに任せたいと思う。もし、1人の社員が会社の悪口を言って、残りの1999人が会社に対してハッピーだったとしたら、だれが正しいかは容易に判断できるのではないか」と語っていました。

オープンさと透明性を守り通すことが、ソーシャルな世界においては企業にとっての最良の方策だという考え方を、トニーの言動は表していると思います。

Ub|XZ~i[また、ソーシャル・メディアのROIをどうやって測定するか、ということがいろいろと討議されていますが、これに関するザッポスのスタンスも極めて簡単明瞭です。ザッポスでは、ソーシャル・メディアのROIの測定を無意味だと考えています。例えば、お店で買い物をしているお客さんに、「こんにちは」と声をかける時、その「こんにちは」のROIを測ろうと思うでしょうか、と彼らは問いかけます。ザッポスにとっては、ソーシャル・メディアであろうが電話であろうが、また何か別のシチュエーションであろうが、「顧客とつながる」ということを目的とした活動のROIを測るのは不可能であるばかりでなく、無意味だと考えているのです。あくまでも長期的な投資であって、即時的な見返りを期待してのことではない、という姿勢は、彼らの顧客サービスに対する姿勢とも共通しています。

そして、最後に、ザッポスのツイッター活動に関して抱かれている大きな誤解ですが、ザッポスでは、ツイッターの主要目的を、社内のコミュニケーションの活性化、そして、企業文化の強化に置いているということです。たしかに、CLTでは、ツイッターを使ったカスタマー・サービスをやっていますし、人事部では、ザッポスにあった人材の発掘にツイッターを活用していますが、それらは比較的最近の試みです。「お客さんとのコミュニケーション・ツール」という考え方もどちらかといえば後発であり、インタビューのたびに、トニー・シェイをはじめザッポスの人たちは、ツイッターは、第一に、「社内でのコミュニケーション・ツールである」ということを強調しています。ザッポスの社員のつぶやきを集めたサイトに行ってみるとわかるでしょうが、つぶやきのほとんどはプライベートなことや、社員同士の会話です。ですから、「ツイッターを活用したマーケティング事例」としてザッポスが取り上げられているのは、ザッポス自身の意図にも反したことですし、また、お門違いな(おかどちがいな)ことでもあるのです。

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