ザッポスの「採用辞退ボーナス」の裏に隠された意味

(2010. 10. 21)

第二回ザッポス・エクスペリエンス・セミナーでは、社内教育部門(「パイプライン」)のベテラン・トレーナー、ローレンさんのお話を聞きました。

ザッポス社内教育部門(「パイプライン」)のベテラン・トレーナー、ローレンさん

その日は、奇しくも、四週間にわたる新入社員研修の最終日。ザッポスの伝統にのっとって、卒業式とパレードが行われたそうです。その卒業クラスには、現CFO兼COOアルフレッド・リンのポストにまもなく就任するクリス・ニールセン氏の姿もありました。

普通の会社では、いわゆる「Cレベル(役員クラス)」の人たちが、一般の社員と一緒に新入社員研修を受ける、というのはちょっと考えにくいことですが、ザッポスではそういった差別はありません。

CFOであろうと、CEOであろうと、みんなと同じように研修を受け、コンタクトセンターで二週間の顧客対応にあたります。

研修中はたくさんの試験がありますが、ひとつでも落第点をとると、一般社員と同様に保留処分、落第点を取り続けた場合は、「採用取消」になるそうです。

ところで、日本でもアメリカでも、「ザッポス」といえばもう知らない人はいないというくらい有名な「採用辞退ボーナス(オファー)」ですが、考案されたきっかけには興味深い裏話があります。

ザッポスの新入社員研修に、「コア・バリュー研修」が導入され始めたころ、CEOのトニー・シェイも新入社員と共にクラスを受けました。

ザッポスの新入社員研修や社内教育に利用される部屋

トニーはもともとああいう風貌(童顔)ですし、ザッポスではCEOといえども特別扱いはされないので、クラスメートの中にはトニーがCEOであることを知らない人たちもいました。

さて、研修の期間中、トニーはクラスメートのこんな会話を耳にします。

「う~ん、この会社って、ついていけそうにないけど。辞めると生活に困るし・・・。仕方がない。我慢して働くことにするよ」

そこで、トニーは、「採用はされたけど今ひとつザッポスに溶け込めない人」をあぶりだすために、「採用辞退ボーナス」を思いついたというのです。

当初は100ドルから始まった採用辞退ボーナスですが、社員の反応を見ながら徐所に調整されていき、今は2,000ドルに落ち着いています。面白いことに、100ドルであった当時も、2,000ドルまで値上がりした今も、「オファー」を選ぶ人の割合は全体の1~2%だそうです。

ところで、2,000ドルという金額の裏には隠された意味があります。

アメリカには、「Paycheck to Paycheck」といって、貯蓄をもたず、月ぎめや隔週でもらうお給料だけを頼りに食いつないでいるような人が多くいます。

コンタクトセンターのように、比較的賃金が安い職種の人にはこういうケースが多いと思いますし、若い人であればなおさらでしょう。

こういう人たちは、仕事を辞めてしまったら最後、家賃も払えなければ、食べ物を買うお金もありません。結果として、「いやな仕事を辞めたいけど辞められない。我慢して、お金のために働く」という悪循環に陥っていることが多いのです。

Ub|XZ~i[『ザッポスの奇跡』でも書きましたが、ザッポスでは、「お金のために働く」人たちを望んでいません。「ザッポスの企業文化や価値観を共有し、同じ目標に向かっていける人」だけにいてもらいたいと思っています。

ですから、ザッポスとしては、もし、少しでも、「自分はこの会社に合わない」と躊躇する気持ちがある人がいたら、生活のためにと我慢をするのではなくて、きっぱりと辞める道を選んでもらいたいのです。その代わり、そういう人たちが、他の職を探すあいだ生活に困らないよう、2,000ドルを提供しようというのが、「採用辞退ボーナス」を通したザッポスの心遣いなのです。

ところで、研修期間中の「オファー」は2,000ドルですが、最近では研修後の三週間のみに適用される「延長オファー」も提供されています。研修と実際の業務のギャップ、に耐えられない人がいるからだそうで、この場合のオファーは3,000ドルです。

「採用辞退ボーナス」は、新入社員に、「本当に自分がやりたいこと」や「働きたい会社」を真剣に見つめさせ、家族や友人と話し合いながら決心を固めていく機会を与えています。「オファー」を蹴ってザッポスに「コミット」するという意志的な選択を促すことから、実は、「オファー」を選んで辞める人よりも、社員としての「ザッポニアン」の結束を固めるインパクトの方が大きいようです。

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