カルチャーの育成とは、リーダーが人と真摯に向き合うこと ザッポスCEOトニー・シェイの『Delivering Happiness(邦題:ザッポス伝説)』を読んで

(2010. 8. 1)

設立後の4年間を、資金難に悩まされながら、数々のピンチを切り抜ける曲芸状態でやり過ごしたザッポスは、2003年の6月に晴れてアメリカの大手銀行ウェルス・ファーゴから初の融資を受けます。トニー・シェイ率いる経営陣は、ほっと安堵のため息をつき、会社の地固めにいよいよ本腰を入れ始めます。トニー・シェイの著書『Delivering Happiness(邦題:ザッポス伝説)』の五章、『成長の土台:ブランド、カルチャー、パイプライン』で語られているのは、顧客サービスのブランド化、カルチャーの定義など、今のザッポスが築かれた過程で欠くことのできない出来事ばかりでした。

2004年4月のラスベガスへの移転をターニング・ポイントとして、ザッポスの「サービス」と「カルチャー」を形作るいろいろなことが急ピッチで起こり始めます。

『ザッポスの奇跡』を読んでくださった方はご存知だと思いますが、ザッポスの本社というのは、設立当初はサンフランシスコにあったのですね。ザッポスは、ネット・バブルの頂点に設立された若くてヒップなテック会社のひとつだったのです。それが、2004年の4月にラスベガスに本社を移転することに決めます。その理由は、顧客サービスを「キャリア」として真剣に捉える人材を確保するため。

サンフランシスコはシリコンバレーのお膝元で、IT志向の町です。顧客サービスという仕事は、「アルバイト」や「腰掛け」的な仕事だと考えられているし、第一、一般的に顧客サービスの人がとる給料ではやっていけないほど物価が高い。

はじめは、コンタクトセンターだけどこか他のところに移転したらどうかとか、インドにアウトソースしちゃったらどうか、とかいう議論も交わされたそうです。でも、「顧客サービスが我々の原動力だ!」といっている癖に、コンタクトセンターだけを本社と切り離して他のところに置いたり、ましてや外注しちゃったりするのはあまりにも偽善的だ、ということになって、ラスベガスに本社ごと移転するということになったのです。

なぜラスベガスか、というと、ラスベガスというのはもともとコンタクトセンターが多い土地柄なんですね。だから、コンタクトセンターの仕事を「キャリア」としてやっている人がたくさんいる。それに、24時間眠らない町ですから、24時間営業のコンタクトセンターを置くにはうってつけの町だと判断したということです。

それにしても、遊び盛りの若者たちが、慣れ親しんだ家族や友人をあとに、ラスベガスへ引っ越す、というのは並大抵の覚悟ではなかったと思いますね。それでも、当時90人くらいいた社員のうちなんと70人がラスベガスについて来ることを決めたという。すごいですね。

なかには、結婚してまだ2週間という新婚さんもいたらしいです。しかも、その人は、ザッポスで働き始めて10日目に、ラスベガスへの移転の話を持ちかけられたんですね。幸運なことに、奥さんが理解のある人で、ラスベガスへの引越しを承諾してくれたそうですが・・・。

ラスベガスへの移転後、2004年に起こったことのひとつは、ザッポス初の「カルチャー・ブック」の発行でした。

「カルチャー・ブック」とは、ザッポスが毎年発行している文集のことです。ザッポスの社員有志が、「ザッポス・カルチャーとは・・・」という質問に答えて、短い作文を書くんですね。ポジティブなことでも、ネガティブなことでも、どんなことを書いてもいい。投稿された作文は、誤字、脱字以外はノーカットで、すべて本にまとめられるんです。2009年のはハードカバーで、350ページにも及ぶ圧巻でした。はじめは社員だけだったんですが、今では取引先の人や、顧客から寄せられた作文も載せられています。詩があったり、コンピューターのプログラミング・コードで書かれた文章があったりします。面白いですよ。

「カルチャー・ブック」は、トニー・シェイを交えた飲み会のときに、その場にいた全員が、「ザッポスのカルチャーって何?」という質問に対して思い思いに自分の印象を言い合ったことが発端らしいです。「これを本にまとめて、新入社員に配ったら、ザッポス・カルチャーについてよくわかってもらえるかも・・・」という発想だったのですね。

Ub|XZ~i[ザッポスという会社は、実にいろいろなアイデアが飲み会の席で生まれ、実行に移される会社なんです。ドロップシップ・モデルから全在庫モデルへの転換を決意したときもそうでしたし、ザッポスが自らを「サービス・カンパニー」として定義した、「大人になったら何になりたい?」という会話も、カクテルを片手に語られました。

「カルチャー・ブックを作りたいと思ってる人たちが考慮すべきこと」と題して、トニーは次の7つのことを挙げています。とても参考になるのでここに引用します。

1. 現存のカルチャーを忠実に反映できなければ、「カルチャー・ブック」を作っても意味がない
「社員や顧客や取引先の『ありのままの声』をノーカットで掲載する覚悟がありますか?

2. 短期に考えれば「経費」でも、長期に考えれば「投資」だ
本を印刷したり、郵送したりするにはお金がかかるが、社員や顧客のロイヤリティやブランドをつくるのは長い目で見た「投資」であり、けちけちするものではない。

3. 社外の人にもオープンにする
「ザッポスのカルチャー・ブックを読みたい!」と言ってくれる人がいるのはとても有難いこと。そういう人には、カルチャー・ブックを無料配布する。これも、長い目で考えれば安いもの。

4. 会社の伝道者に「声」を与える
社員だけではなく、顧客や取引先にも意見を表現してもらう。何か不満があれば、それを聞く機会にもなる。

5. 社員の声や写真はかけがえのないブランドだ
カルチャーが本当に浸透していれば、社員の声や写真が、それをどんな広告より雄弁に表現してくれる。ザッポスでは、社員の自然な表現がどんな広告よりパワフルなブランディング・ツールだ。

6. 自分たちのカルチャーを表現する本にする
それぞれの会社に、それぞれ独自のカルチャーがある。だから、カルチャーを忠実に反映すれば、まったくオリジナルなカルチャー・ブックができる。他社の真似をしようとしないこと。

7. カルチャーとは進化するもの
カルチャー・ブックを通じて、社員や、顧客や、取引先の人たちが書いてくれることが、進化の鏡になる。変化を恐れないこと。

せっかく社員や顧客の声を聞いても、活用せずにもみ消してしまう会社が多い中で、「ありのまま」を掲載するというカルチャー・ブックは、並々ならぬ覚悟が必要なことです。「どんな言葉でも受け容れる」と真摯な姿勢で取り組まなければ、美しく印刷されたただの本になってしまって、誰の心にも響かない危険を秘めていますね。カルチャーの育成は、きれいごとではない。トニーが挙げる7つのポイントは、カルチャー・ブックに限らず、企業文化育成の試みのすべてに共通することのように思えます。

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