大変な時にこそ、本質を見極める:『ザッポス伝説』が起業家におくるメッセージ

(2010. 7. 25)

もし、「ビジネス青春小説」という書籍カテゴリーがあったら、『Delivering Happiness(邦題:ザッポス伝説)』はそのジャンルに属するのではないか、と私は思っているのですが、トニー・シェイが語るザッポスの十年間は文字通り波乱万丈で、数々のアドベンチャーに満ちています。

そして、その中にも、笑いがあり、苦悩があり、喜びがあり、エキサイトメントがあり、学びがある。起業家や経営者には是非読んでいただきたい一冊だと思います。

先日書いたザッポス倒産の危機と、トニーのキリマンジャロ登山中のエピソードとちょうど同じ時期に、ケンタッキーに倉庫をオープンしたいきさつが語られています。2002年のことです。

当時、ザッポスは、サンフランシスコから車で二時間半ほど北に走ったところにあるウィローズという町に倉庫を構えていました。ある時、Eロジスティクスという会社が、倉庫業務の代行サービスの話をザッポスに持ちかけます。彼らに仕事を任せて、ケンタッキーにある倉庫から配送ができるようにしませんかというのです。

ご存知のように、アメリカは広大な国です。サンフランシスコ(西)からニューヨーク(東)まで、およそ3,000マイルの距離があります。これは、東京からバンコクまでの距離に匹敵します。ですから、西海岸のお客様の場合はいいですが、東海岸のお客様に配達する場合には、実に長い時間がかかっていた。

それに対して、アメリカのほぼ真ん中にあるケンタッキーから配送すれば、アメリカの人口の70%に、普通車輌輸送でも2日間でリーチすることができる。おまけに、ケンタッキーにはUPSの空輸ハブもある、ということで、ザッポスでは、Eロジスティクスに倉庫業務を委託することにしたのです。

でも、全在庫をカリフォルニアからケンタッキーに「お引越し」するというのは、並大抵のことではありません。サイトの運営をストップするなんてもっての他だし、かといって、せっかく商品を買ってくれたお客様に迷惑をかけるわけにはいかない。・・・ということで、ザッポスではほぼ全社員を動員して金曜日の夕方までに全在庫をトラックに積んで、土、日をかけてケンタッキーまで輸送して、月曜の終わりまでに在庫を倉庫に格納して、火曜日から平常どおり配送作業を開始する、という大掛かりなプランを立てたんです。

その時、手持ちの在庫はなんと4万足の靴。それらすべてを大型トラック5台に詰め込み、予定通り金曜日の午後5時には、最後のトラックを送り出すことができました。

ほっとしたのもつかの間、「悪い知らせ」がトニーを襲います。

輸送中のトラック5台のうち1台が転倒事故を起こしてしまったのです。ドライバーは怪我をしただけで命は取り留めたものの、道路わきに投げ出された在庫は回収することができません。

一夜のうちにして、ザッポスは全在庫の5分の1(約8,000足)を失ってしまったのです。およそ50万ドルの損失を被った上、多くの顧客の信頼まで失いかけました。

そしてその後も、ケンタッキーの倉庫にまつわる苦労は終わりません。

靴という商品のスペックは極めて複雑です。ブランド、スタイル、サイズ、幅・・・、そういった複数のスペックに基づいてひとつひとつの商品をカテゴライズし、然るべき場所に入庫して、オーダーに応じて引き出せるようでなくてはならない。Eロジスティクスには、この体制が整っていませんでした。代行業者として、能力の面でも、キャパシティの面でも、まったくの誇大な約束をしていたということです。よって、取引業者から次々と納品されてくる商品を、速やかに入庫することができない。搬入ドックにはパレットの山が積み上げられ、倉庫に商品はあるのに、「ウェブサイトに載せることができない=売れない」という状況が続きます。

せっかく仕入れた商品を売りに出すことができずに、販売好機を失っていく・・・。そこで、「他人任せにしてはおれない!自分たちで倉庫を運営するんだ!」と決意するに至ります。

倉庫の立ち上げは、トニー自らケンタッキーに5カ月滞在して行ったそうです。彼がプログラミングを手がけた倉庫管理システムは名付けて「ウイスキー(WHISKY:WareHouse Inventory System in KentuckY)」。

Ub|XZ~i[当初は、Eロジスティックの委託倉庫と、自社運営の倉庫を並行して走らせていたそうです。そこでEロジスティックスに賭けを持ちかけます。配送と在庫管理の正確性を測定して、どっちが勝っているか、週単位で比べてみよう。ザッポスの倉庫が勝っていたら、週に一万足ずつ在庫をEロジスティックスの倉庫から、ザッポスの倉庫に移動させてもらう、と。

この賭けに、Eロジスティックスとしては不満だったのですが、なにしろやるべきことができていないため、この条件を呑むしかありませんでした。結局、ザッポスの倉庫が四週間連続で勝ち、一カ月のうちにEロジスティックスの倉庫を空っぽにしてしまいました。

この時期が、初期のザッポスにとって最も険しく、最もエキサイティングな時だったのですね。「我々は転換期にあった。今後一年かそこらのうちに、ザッポスの運命が決まる・・・、と皆が感じていた」とトニーも書いています。

そこで、彼らは、「大人になったら何になりたい?」という、「自分のほんとうの売り物を定義する」という重大な問いかけと決断をするのです。事業的にも一番大変だった時期に、会社としての根本の意義を問う重大な問いかけをした、それは、経営者なら誰もが学ぶべき姿勢だと思います。

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