アマゾンが屈した、史上最強の顧客主導型企業

(2009. 7. 22)

米国時間7月22日、アマゾンが、「ザッポス」という会社の買収を発表した。

「ザッポス」については、以前、「最も働きたい会社ベスト100に見る、感動サービス時代の幕開け」という題名で、このサイト上でも書かせていただいたことがある。ザッポスは、米国で靴のネット通販という市場を切り開いた、パイオニア的存在である。それこそ、アマゾンの「ジャヴァリ」が産声を上げる前のはるか昔に、「ネットで靴を買う」という非常識を常識に変えたのが、ザッポスであった。送料は行きも帰り(返品)も無料、365日返品OKなど、今日、靴のネット通販市場でスタンダード化しているサービス・ポリシーの数々も、もとはといえばザッポスが考案したものだ。

そのザッポスを、アマゾンが買収した。そのニュースを耳にした時、私の体の中に衝撃が走った。

この買収が、ごく普通の買収でないことが、一目瞭然であったからである。

普通、買収というと、強者が弱者を買う、というイメージがある。

この公式にあてはめて考えると、アマゾンが強者、ザッポスが弱者、ということになるが、実のところはどうか。私はそうは思わない。

「Customer Obsession(顧客満足への執着)」を共通項としながら、アマゾンとザッポスは、いわば対極にあるアプローチをとってきた。アマゾンは、「最新のITを駆使し、顧客満足を自動化する」、そして、ザッポスは、「人とITの強みをフル活用し、最強の顧客感動体験を創造する」アプローチだ。「ウェブ時代における究極の顧客エクスペリエンスの実現」という点で、アマゾンに勝てるのはザッポスしかない、と、私は常日頃からずっと主張してきた。

実は、一年ほど前から、私はザッポスの研究を続けてきた。感動サービスの時代に、モノではなく、ハピネスを売り物にする新しい流通の姿として、ザッポスから学んだことを、最近、本に書き上げたばかりだ。

ザッポスは、企業文化こそが、ブランドであり、競争優位である」と公言して憚らず、会社最大のアセットである、「人」に並々ならぬ投資をする。顧客エクスペリエンス創造の中核となるのは、「CLT(顧客ロイヤルティ・チーム)」と呼ばれるコンタクトセンター。コール・スクリプトも、対応時間の制限も存在しない、常識破りのコンタクトセンターである。顧客の心を揺り動かすためなら、「ほとんど何をしてもよい」裁量権をオペレーターがもつコンタクトセンターは、顧客が忘れることのできない、感動のサービスを日々創造している。

かつて、コールセンターの電話番号をひた隠しにしていたアマゾンとは、まったく対照的だ。

私も、本を書くにあたって、ザッポスを数日間密着取材したが、社内全体が会社という共同体への献心と愛に満ちていた。ただのモノ売りの会社ではない。感動を創りだすことによって、何か大きなことを成し遂げようとしているのだ、という覇気が社員ひとりひとりからひしひしと感じられた。

ザッポスのCEO、トニー・シェイが、自らのブログで買収について書いているが、そのブログには、アマゾンのCEO、ジェフ・ベゾスが、今回の買収について語っているビデオ映像が掲載されている。その中で、ベゾスは、ザッポス の徹底した「Customer Obsession」に対して、彼自身がい かに深い尊敬の念を抱いているか、そして、同様に熱烈な「Customer Obsession」を理念として掲げる両社が、今後手と手をとって成長していくこと が、いかにエキサイティングなことであるかを、熱っぽく語っている。

買収とは言っても、ザッポス・ブランドがアマゾンに統合される ということではなく、ザッポスはザッポス・ブランドを維持し、既存の経営陣のままで、独立した事業単体としての運営を行っていくという。ザッポスのカルチャーやサービス・ポリシーも、既存のままを維持していく、ということが重ねて強調されている。

Ub|XZ~i[前述のブログで、CEOのトニー・シェイも、「『買収』というより、『アマゾンとザッポスが、仲睦まじい関係になった』という方が真実に近い、とジョークを飛ばす。

ザッポスは、アマゾンに勝てないから買収されたのではない。むしろその反対だ。「ウェブ時代における究極の顧客エクスペリエンスの実現」について、ザッポスが創立以来10年をかけて培ってきた そのノウハウを、この買収によってザッポスから学ぶ、取り入れるというのが、アマゾンの本意であると私は見ている。

アマゾンは年商190億ドルの、オンラインの巨獣。かたや、ザッポスは昨年、10億ドルを超えたばかり。しかし、規模では割り切れないすごさが、ザッポスにはある。

ネット元年から10年を経て、テクノロジーの限界が見えてきたこの時代に、いかにして究極の顧客エクスペリエンスを創り出していくのか、そのカギは「人」の力にある。アマゾンにとっては、その答えがザッポスにあった。ザッポスは、巨獣アマゾンが屈した、史上最強の顧客主導型企業なのだ。

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