(2008年9月12日)
人財(ヒューマン・キャピタル)、情的資本(エモーショナル・キャピタル)、ダイバーシティ、エンゲージメント・・・。最近、日経を読んでいて、目についたキーワードです。人の力が企業価値に与えるインパクトがこれほどまでに問われた時代は、未だかつてなかった。日本だけではなく、今日、アメリカの流通業でも、「商品→サービス」という価値の進化からもう一歩飛躍して、「感情価値」の提供ということが熱い注目を浴びています。
流通業で顧客の「価値階層」を三層に分けて考えると、最下層が商品やサービスそのものの機能、中間層が提供プロセス(“デリバリー”)、そして最上層が感情(体験)になります。最下層と中間層が、いわゆる「ビジネス・モデル」を構成するごく基本的な要素で、これは模倣が可能です。未成熟な消費市場においては、これら下の二層だけをクリアすればいいわけですが、市場の発展が進むと、感情(体験)という、より高度な価値を満たす必要性が出てくるわけです。日本やアメリカのような高度消費社会においては、この「機能」、「提供プロセス」、「感情」という三つの価値をすべてカバーし、「トータル・エクスペリエンス」を提供することが必須になってきていると思います。
「感動を生むサービス」は、リッツ・カールトンやディズニーなどといったホスピタリティ・ビジネスの領域では当たり前のこととして語られてきました。しかし、今日では、「お客様との触れ合いを通して感動を創造する」というコンセプトが、流通業界にも移植され、重要視されてきている。商品だけの勝負だったら同じようなモノがどこでも買える、という時代に、唯一残された差別化のカギとして、「感情」や「体験」にフォーカスが置かれてきているのです。
しかし、「お客様との触れ合いを通して感動を創造する」というのは、まさに、「言うは易し、行うは難し」です。気の利いたサービス・ポリシーや心地よい環境といった「器」だけの問題なら、簡単に真似されてしまいます。「あの会社ならでは」と噂されるような感動体験を提供するのに不可欠な要素とは、いったい何なのでしょうか?
私は、それは、「サービス文化」だと思っています。性格も、経験も、嗜好も、生まれ育った環境も異なる人たちが、会社という組織を代表して顧客との接点に立ち、「その会社ならでは」の体験を提供するためには、「感動を生むサービス」を軸とした企業文化が欠かせない要素になると思います。
もう何年も前のことになりますが、ディズニーの社外教育機関であるディズニー・インスティチュートの認定トレーナーの講演を聴く機会がありました。その際にとりわけ印象に残ったことは、「ロイヤルティ・プロフィット・チェーン」というコンセプトです。
同様なコンセプトは、「バリュー・プロフィット・チェーン」や「サービス・プロフィット・チェーン」という名前でも語られています。「顧客満足を得て、それを顧客ロイヤルティの向上、ひいては企業価値の向上につなげていくためには、まず、従業員満足、従業員ロイヤルティを獲得せねばならない」という考え方です。
これは、子育てに置き換えてみてもわかります。いつも虐められてばかりいる子供に、「人に優しくしなさい」といくら言い聞かせても無理なのと同じで、社内で、「感動を生むサービス」を体験していない従業員に、どうやってお客様の感動を生むサービスを創造することができるでしょうか。
「感動を生むサービス」を顧客に提供できる会社の社内には、上司と部下、同僚同士という関係性に関わらず、「感動を生むサービス」が日常的に溢れているはずです。それが会社の文化になっているからこそ、サービスの精神が根付き、感性が磨かれます。
ディズニーのトレーナーの話に戻りますが、講演の中で、もうひとつ、身につまされる言葉がありました。
「従業員ハピネスは、リーダーの責務」というものです。
ハッピーな従業員こそが、ハッピーな顧客をつくることができ、ハッピーな顧客がロイヤルな顧客に転じれば、企業価値の向上につながります。だとすると、顧客の心を動かすサービスが出来ないからといって、フロントラインの従業員を責めるのは間違っている。まず、そういったサービス体験が創造されるような環境をつくることをしていない企業リーダーこそが、自らの怠慢を恥じるべきなのだ、とこの言葉は厳しく指摘します。
アメリカの流通業界では、今、まさに、サービスを軸とした企業文化の育成に焦点を置き、めきめきと頭角を表してきている会社がたくさんあります。90年代中盤から2000年にかけての、「テクノロジー至上主義」の時代を超えて、ウェブ2.0の向こう側にある次世代ビジネスの形は、「ITのパワー×人のパワー」だというのが、私の持論です。
かつて、日本という国には、「日本国家」ならではの統一された文化があり、その文化があまりにも強力であったために、企業文化ということがあまり考えられてきませんでした。日本の高度成長期には、「日本国民」という共通のアイデンティティと価値観を持った人たちが一丸となって「国を豊かにする」という共通の目標に向かって一生懸命働いたからこそ、世界の人があっと驚くような成果を出すことができたのだと思います。
しかし、今日はどうでしょう。日本の市場も、職場も、グローバル化が進んでいます。古い世代と、新しい世代の価値観の衝突もあります。アメリカ同様に社会が多様化を迎える中で、企業が長期的な成長を目指し、顧客主導型市場において突出した地位を確立するためには、ヒューマン・キャピタルの見直しと、企業文化の育成に重きをおいた経営が急務であると、強く感じています。



